『アンゲラ・メルケル演説選集 (原題)WAS ALSO IST MEIN LAND? 私の国とはつまり何なのか』木戸衛一解説(創元社)

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アンゲラ・メルケル演説選集

『アンゲラ・メルケル演説選集』

著者
藤田 香織 [訳]/木戸 衛一 [解説]
出版社
創元社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784422320328
発売日
2022/08/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『アンゲラ・メルケル演説選集 (原題)WAS ALSO IST MEIN LAND? 私の国とはつまり何なのか』木戸衛一解説(創元社)

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

ドイツ率いた 心打つ言葉

 この本は、昨年十二月まで四期十六年の長きにわたってドイツの首相を務めたアンゲラ・メルケルの三つの演説からなる。書名にもなっている「私の国とはつまり何なのか」は、引退直前のドイツ統一記念日における演説である。

 メルケルは旧東ドイツで民主的権利を求めて声を上げた人々の勇気を思い起こす一方で、東ドイツ出身の市民として、東ドイツでの経験を「バラスト」、つまり「無用な重荷」とみなしてしまう統一ドイツの評価を厳しく批判している。その上で、「私たちが民主主義を必要としているのと同じく、民主主義も私たちを必要としているのです」と述べて、ともに勝ち取った民主主義をさらに充実させる必要を訴えている。

 その民主主義は、人間の尊厳を損なうものには断固戦うものである。重大な政治判断には慎重であったメルケルが、二〇一五年の欧州難民危機においては、決然として難民を受け入れることを表明した。それが二番目の「私たちはできる!」という演説である。それはドイツ単独で難民を受け入れるだけでなく、ヨーロッパにも難民受け入れの責任を分担することを要求したものだ。メルケルは「普遍的市民権」が難民問題で問われていて、それに失敗すればヨーロッパはヨーロッパでなくなると考えた。このように理念の点からヨーロッパを鍛え上げていくことの重要性を訴えたのである。

 三番目の演説は、イスラエルの国会でなされた「私の国の国是」である。ここでいう「国是」とは「イスラエルの安全への特別な歴史的責任」のことである。

 ナチズムにおいて、六百万人ものユダヤ人の大量虐殺を行ったドイツの首相の姿勢としては理解できるものの、木戸衛一がその解説で触れるように、パレスチナの状況を考慮すると割り切れないものも残る。

 それでもメルケルという傑出した政治家の言葉には、どこか心を打つものがある。それは政治が「ともに未来を形作る」ことだと思い起こさせてくれるからなのかもしれない。藤田香織訳。

読売新聞
2022年10月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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