<東北の本棚>「知の巨人」創作の軌跡

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笑いの力、言葉の力

『笑いの力、言葉の力』

著者
渡邉文幸 [著]/マット和子 [イラスト]
出版社
理論社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784652204986
発売日
2022/07/06
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>「知の巨人」創作の軌跡

[レビュアー] 河北新報

 東北が生んだ知の巨人で劇作家、故井上ひさしさんの創作活動の軌跡をたどる。両親の人となり、敗戦を挟む少年時代と、作家の原点が東北にあったことを改めて浮き彫りにする。故人と直接交流があった元共同通信社記者の著者による、意欲的な評伝だ。

 山形県川西町の地主の家に生まれた父は作家志望で、町の図書館より多い蔵書を持っていた。母も子どもたちに枕元で物語を聞かせるのが好きだった。ただ、普通の昔話ではなく、お気に入りの小説などを脚色。井上さんは後年、母の定番のおとぎ話が米国の小説「風と共に去りぬ」だったことに気付いて驚いたという。

 農民運動に参加した父は拷問がもとで早世し、母が女手一つで子ども3人を育てた。進歩的な一家は田舎で不審の目で見られ、差別的な体験もした。井上さんの母校小松国民学校には東京の児童が疎開した。井上家で受け入れた子は、帰京後空襲の犠牲になったと見られる。戦争を主題とした井上さんの心象風景が描かれる。

 家庭の事情により養護施設で過ごした仙台時代。仙台一高では映画を見て書く感想文が、授業出席の代わりだった。図書室で鼻をほじりながら、初代校長大槻文彦ゆかりの国語辞典「大言海」を読破したという伝説も掘り起こす。

 「行動する作家」の姿にも注目した。小泉純一郎首相(当時)のイラク戦争支持などに危機感を覚えた井上さんらが、日本国憲法第9条の擁護を掲げ「九条の会」を設立したことを取り上げた。時代の空気の中で人物像を捉える元記者らしい筆致だ。象徴的なのが、井上さんが亡くなった翌年の東日本大震災で、避難所となった釜石市釜石小で見られた光景に関する記述だ。毎朝校内に流れ市民らを元気づけたのは、井上さん作詞の校歌だった。そんな逸話の採用にも年表のような評伝との違いを感じる。(会)
   ◇
 理論社03(6264)8890=1430円。

河北新報
2022年10月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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