誰もが疑うことのなかった問いを読者に突きつける小説『フィールダー』 キーワードは「かわいい」

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フィールダー

『フィールダー』

著者
古谷田 奈月 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718072
発売日
2022/08/26
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

誰もが当事者(フィールダー)として生きよ『フィールダー』 古谷田奈月

[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)

『無限の玄』で三島由紀夫賞を受賞している作家・古谷田奈月による小説『フィールダー』(集英社)が刊行。誰かを「愛でる」行為の本質を問うた本作の読みどころを、ブックカウンセラーの三浦天紗子さんが語る。

 ***

 大手の総合出版社『立象社』で、人権に関わる社会問題を多く扱う『立象スコープ』編集部に所属している橘泰介。ある日、彼が長く担当を務める児童福祉の専門家・黒岩文子に〈子どもに触った〉という黒い噂が立つ。しかし橘は真相は違うと信じた。噂のもとになったのは、黒岩を慕って彼女の家に出入りするようになった十歳の少女・暁との関係だ。もともとは、夫で愛猫家の絵本作家・宮田ともネグレクト疑惑を話し合っていたが、特に黒岩は暁を救う方法を必死に模索していた。ところが、同社のインテリア誌『ロワジール』の〈猫のいる暮らし〉特集で取材班が夫婦の家を訪問していたときに、宮田は黒岩と暁の様子を目撃、黒岩をとがめる。黒岩が釈明もなく消息を絶ったことで、同出版社の週刊誌『週刊立象』に所属し、橘と同期の百瀬が、スクープのための取材を始める。それぞれの立場や信念を抱えて行動する過程で、共闘や対立や新たな人権問題が起きる。

 また、橘はプライベートでは四人がチームとなって戦うスマホゲーム〈リンドグランド〉に熱中。そのリーダー格、通称〈隊長〉の素性と驚くべき状況を知り、彼のいたいけさに橘は揺さぶられる。ゲームの中で橘はヒーラーという癒しやサポートの役割なのだが、殴って相手の能力を引き出す風変わりな設定になっており、ゲームとリアルが互いに侵食する構図が、ラストで大きく生きてくる。矛盾に満ちた昨今の日本社会のありようをまざまざと映し出す鏡として、立象社やリングラは登場する。いちばんのキーワードは「かわいい」だ。たとえば猫や子どものような弱い存在をかわいいと思うことや保護することは、本当に一点の曇りもない「善」なのか。誰もが疑うことのなかった問いを、読者に突きつける。

光文社 小説宝石
2022年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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