『〈復刻新版〉陸軍中将 樋口季一郎回想録』樋口季一郎著

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〈復刻新版〉陸軍中将 樋口季一郎回想録

『〈復刻新版〉陸軍中将 樋口季一郎回想録』

著者
樋口 季一郎 [著]
出版社
啓文社書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784899920809
発売日
2022/09/05
価格
4,950円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『〈復刻新版〉陸軍中将 樋口季一郎回想録』樋口季一郎著

[レビュアー] 岡部伸(産経新聞論説委員)

■露侵略の研究に学べ

ポツダム宣言受諾後、千島列島北東端・占守(しゅむしゅ)島での自衛戦を決断し、ソ連の北海道侵攻を阻止した樋口季一郎陸軍中将。第二次大戦直前、ナチス・ドイツの迫害から逃れてきたソ連・満州国境のユダヤ難民を満州国に受け入れ、脱出ルートを開いたことでも知られる。その没後に出版された回想録に、新資料を加えて復刻したのが本書だ。

ユダヤ難民受け入れは、リトアニアで杉原千畝領事代理が「命のビザ」を発給する約2年前の1938年。以来「ヒグチルート」で救出された難民を、樋口中将は自筆原稿に「何千人」と書いた。

ところが回想録の初版では「2万人」とされ、議論を呼んでいた。亡くなったときのある新聞の追悼記事「ユダヤ人二万に陰の恩人」が定説となった影響とみられ、本書では訂正の上、自筆原稿を収録。しかし現在、イスラエル中国在住者協会が「2万人」としており、ロシア系ユダヤ人らも加えると2万人説もあながち否定できないという。

難民受け入れ当時、樋口中将が務めていたハルビン特務機関長は対ソ諜報(インテリジェンス)の総元締だ。難民からソ連国内の機密情報を得たとすれば、救出には人道的理由に加え、諜報目的もあった可能性がある。

それ以前のポーランド駐在武官時代にウクライナなどを視察し、少数民族を支配する大ロシア主義に憤り、ポーランド情報部との密接な諜報協力の布石を打った。ハルビン後の参謀本部第二部長時代には、バルト海沿岸の対ソ諜報網拡充を図っていた。

圧巻は本書収録の往復書簡「第三、対露戦備」で、ソ連の千島侵略を、公式の防衛方針は対米第1、対ソ第2としながら、本心は「ソ連は必ず来る」と確信していたことだ。諜報に長(た)けた陸軍きってのソ連通として「ロシア独自の侵略観」を学び、スターリンの北海道侵攻を見抜き、日本を分断から守ったといえる。

ウクライナで傍若無人な侵攻が続く今、樋口中将の「ロシア侵略研究」に学びたい。(啓文社書房・4950円)

産経新聞
2022年10月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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