コロナ時代の謎と怪異を探って 有栖川有栖さん『濱地健三郎の呪える事件簿』インタビュー

インタビュー

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濱地健三郎の呪える事件簿

『濱地健三郎の呪える事件簿』

著者
有栖川, 有栖, 1959-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041116531
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

コロナ時代の謎と怪異を探って 有栖川有栖さん『濱地健三郎の呪える事件簿』インタビュー

[文] カドブン

幽霊や呪いなどの心霊現象を、鋭い推理力と霊感を備えた〈心霊探偵〉が鮮やかに解決していく、有栖川有栖さんの人気作・濱地健三郎シリーズ。その第三弾となる『濱地健三郎の呪える事件簿』が9月30日に発売されました。今回、物語の背景となるのは、新型コロナウイルスの流行により大きく様変わりした現代社会。リモート飲み会に現れる〈小さな手〉や、廃屋で手招きする〈頭と手首のない霊〉など、コロナ時代の新しい謎と恐怖を探った野心的な新作について、有栖川さんにたっぷりとお話をうかがいました!

取材・文:朝宮運河

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コロナ時代の謎と怪異を探って 有栖川有栖さん『濱地健三郎の呪える事件簿』イ…

■有栖川有栖さん『濱地健三郎の呪える事件簿』インタビュー

――濱地健三郎シリーズは2014年に怪談専門誌『幽』で連載がスタート。同誌の終刊後は『怪と幽』に発表先を移して、今日まで連載が続けられています。まずはシリーズ誕生の経緯について、あらためて教えていただけますか。

 そもそも私が怪談を書くようになったのは、怪談専門誌の『幽』から「何か書いてみないか」と声をかけていただいたのがきっかけです。デビュー以来、ずっとミステリを中心に書いてきましたが、読者としてホラーや怪談は好きだったんですよ。それで最初に書いたのが鉄道怪談シリーズの『赤い月、廃駅の上に』。続いて大阪市内にある天王寺七坂をモチーフにした『幻坂』を連載しました。幸いまだ連載を続けていいということになって、濱地のシリーズを始めることにしたんです。

――ダンディな心霊探偵の濱地健三郎は、実は『幻坂』にもすでに登場していますね。

 そうなんですよ。「源聖寺坂」という短編に出てきたのが最初でしたね。怪談の短編集に〈探偵〉という言葉が出てくるのは、逆に面白いんじゃないかと思いまして。もちろん登場は一回きりのつもりで、変わったキャラクターが出てきたなあ、くらいに感じていただければいいと思っていたんです。名前だっていかにもいい加減でしょう、濱地健三郎なんて(笑)。その後「天神坂」という短編にも顔を出していますけど、たまたま彼のキャラクターにふさわしい物語だっただけで、期せずして再登場になりました。

――では、当初からシリーズ化を意識されていたわけではないんですね。

 もうまったく、少しも考えていませんでした(笑)。しかし『幻坂』を読んだ何人かの方から、「あの探偵はいいキャラクターですね」「シリーズ化しないんですか」と言っていただくことがあって、不思議と受けがよかったんです。それで『幽』の連載は濱地健三郎を主役にした連作でいこうと。濱地というキャラクターをこんなに書き続けることになるとは、『幻坂』の時点では思ってもみませんでした。

――濱地健三郎は新宿のビルに事務所を構える、心霊現象専門の探偵です。彼のキャラクターを肉付けするうえで、どんなことを意識されましたか。

 心霊探偵という設定自体はすでに珍しくないわけですけど、逆にいうとひとつのジャンルを形成しているので、その中で新味を出せたらいいのかなと。そのために意識したのは、いろんなものの〈中間〉を取っていくという描き方です。颯爽としたかっこいい探偵でもなく、かといって不気味で怪しいわけでもなく。見る人によっては二十代のようにも、五十代のようにも見える。解決方法もミステリの名探偵のようなこともすれば、超自然的な力を使うこともあるという具合です。
 嬉しかったのは、子供の頃から書きたいと思っていた「二階に事務所を構えている私立探偵」が書けたことですよね。探偵がデスクに座っていると扉がノックされ、相談事を抱えた依頼人がやってくる。長年ミステリを書いていながらこのパターンは初めてだったんですが、やっぱりいいなあ、と実感しますね(笑)。

――そんな濱地のもとには心霊現象に悩まされている人々が、助けを求めてやってきます。事件はいずれも犯罪と超常現象が絶妙なバランスで混ざり合っていて、一筋縄ではいきません。

 そこを面白がっていただけるのが、書き手としてはありがたいですね。もっとミステリ要素を濃くしろという方もいれば、純粋にホラーだけを楽しみたいという方もいると思うんですけど、このシリーズではミステリと怪談の境界線をあれこれ探っていきたいと思っているんです。そうはいっても簡単なことではないですけどね。やっぱり怪談なわけですから、怖かった、気味が悪かったと思っていただきたいんですが、ある部分には理屈をつけないといけない。でも理屈をつけたら怖さが減ってしまう。これでなかなか厄介なシリーズなんです(笑)。

――『濱地健三郎の呪える事件簿』は6話収録。いずれの短編にもコロナウイルスの流行による社会の変化が、色濃く影を落としていますね。

 今まで通り、「コロナなんて存在しませんよ」というスタンスで書き続けることもできたんですけど、現代日本を舞台にしている以上、無視し続けるのも不自然だろうなと。それにステイホームで家にいる時間が長くなることで、これまでにないトラブルが顕在化するかもしれない。実際、事情があって家にいられない人たちが、コロナ禍以降困っているという報道も見聞きしましたしね。おそらく怪談方面にも、そういう変化は及んでいるはず。そして不安な時代だからこそ、トラブルシューターである濱地のキャタクターはいっそう頼もしく映るんじゃないかと考えたんです。

――今回1話目に収められたのはその名も「リモート怪異」。リモート飲み会の最中、ソファに小さな手が現れて……という、いかにも当世風な怪談です。

 これを書いた頃、生まれて初めてZoomを使って編集者と打ち合わせをしたんですよ。そうしたらちょっと怖かったんです(笑)。画面に映っているソファの後ろに、何かいたらいやだなと。今となっては他愛ない想像なんですが、コロナの時代になって初めてZoomでの会議を経験したという人も多いだろうし、こういう感じ分かる、という方も何人かはいるんじゃないかと思うんです。

――2話目の「戸口で招くもの」もコロナの時代を反映していますよね。長らく放置されていた廃屋に首と手のない幽霊が現れて、持ち主の男性を手招きする。その身元を探るうち、濱地は意外な真相に突き当たります。

 このシリーズではミステリの定番の設定やアイデアを、時々使うようにしています。この「戸口で招くもの」はおなじみの〈顔のない死体〉です。顔っていうか、首と手がないんですけどね(笑)。ミステリだと解決のパターンは限られてくるんですけど、怪談だとまた違ったところに着地できる。その違いを楽しんでもらえればと思います。

――濱地とともに事件を探るのが、探偵事務所に勤める志摩ユリエ。息の合った二人の名コンビぶりも、このシリーズを読む楽しさのひとつです。

 探偵を謎めいたキャラクターとして描くには、それを観察する助手がいた方がいい。ユリエのポジションは別に男性でもよかったんですが、私はこれまで男性と男性のコンビをたくさん書いているし、今回は女性の助手でもいいかなと思ったんです。ユリエは大学の漫画研究会出身で、似顔絵を描くことで濱地の調査に協力する。当初はそれで十分だと思っていたんですが、まったく霊感がないと現場で何が起こっているのか把握できないんです(笑)。それで濱地と行動をともにするうちに、少しずつ幽霊が視えるようになりました。

――3話目の「囚われて」もミステリ色が強い作品ですね。濱地の事務所に「タ、ス、ケ、テ」という電話がかかってくる。声の主を探して、濱地とユリエは歩き回ります。

 これは設定もそうですが、結末のひねり方がミステリっぽい。ミステリが好きな方なら、こういう発想はミステリだよね、と感じていただけると思います。アンティークショップが舞台の「呪わしい波」という作品も表面的には怪談なんですが、ある種のミステリのパターンになっています。ミステリそのものではないけれど、どこかミステリらしい手触りがある。濱地シリーズにはそういう作品がいくつかありますね。

――濱地探偵事務所はネット上に情報が出ていません。しかし助けを必要としている人はなぜか、濱地のもとに辿り着くことができる。4話目の「伝達」はそうした不思議な縁を描いたエピソードです。この作品を読んでいると、濱地の存在がますますミステリアスに感じられてきますが、彼の過去やプライベートが今後さらに明かされることはありますか。

 濱地がなぜ心霊探偵という仕事を選んだのか、作中ではまだ語られていませんが、おそらく何か理由があったはずなんです。そのあたりは今後必要が出てくれば書くことになるでしょうし、特に必要がなければ書かずに済ませてしまうかもしれない(笑)。今後のシリーズの流れを見て、考えようと思います。濱地に関しては初期設定だけして、まだ回収できていないエピソードも結構あるんですよ。たとえば彼の事務所の上のフロアは空室になっていて、いかにも意味ありげなんですが、まだ触れられていませんよね。私自身がまだよく分かっていないからなんですけど(笑)。

――6話目の「どこから」は、独り暮らしの男性に取り憑いたものと濱地が対決するというエピソード。さすがの濱地も苦戦を強いられ、ピンチに陥ります。

 ユリエは自分の職業を「冒険的」だといいますが、濱地にとっても心霊探偵の仕事は安全なものではない。毎回リスクを冒して幽霊と対峙しているんだということは、しっかり書いておきたいなと思ったんです。探偵役が無敵だと、面白くないですからね。「どこから」は濱地を苦しませたものの正体が何だったか、という謎にはあまり重きを置いていません。むしろタイトルにあるとおり、どこからそれが来たのか、という部分がポイント。こういう形でミステリと怪談が重なるのか、と面白がってもらいたいです。

――濱地健三郎シリーズもこれで三冊目。すでに火村英生シリーズ、江神二郎シリーズと並ぶ有栖川さんの代表作といってもいいと思います。今後の濱地シリーズについて、お考えになっていることはありますか。

 毎回インタビューでいっていますけど、本気で怖いものを書きたいですね。これまでも不気味な話、奇妙な話は書いていると思うんですけど、怖くて震え上がるような話はまだ書けていないと思うんです。濱地シリーズは安心して読めるな、と読者が油断しているところに、洒落にならないほど怖い話が入ってきたら、それが一番のサプライズになるかなあと。活字で怖がらせるのは難しいですけどね。いつかは挑戦したいと思っています。

――しかしこのシリーズに登場する幽霊は、決して悪いものだけではありません。思いを抱えてこの世をさまよう霊たちの声に耳を傾ける濱地の姿が、読後も胸に残ります。

 怪談を書いていて気がついたんですが、ミステリと怪談って幽霊に対する姿勢が正反対なんですね。怪談は死んだ人にもう一度会いたいという願いを、幽霊という形で叶えてくれる。でもミステリは絶対に幽霊の存在を認めないんです。その代わり、探偵が推理することによって死者の語りたかったことを受け止める。対極にあるんだけど、死者の声に耳を傾ける、という根底のところは共通しているんですよ。濱地は心霊探偵ですから、その両方のスタンスを持っているキャラクターなんです。

――ミステリ作家の有栖川さんだからこそ書けた怪談集、ともいえそうですね。ではこれから『濱地健三郎の呪える事件簿』を手にする読者にメッセージをお願いします。

 ミステリがお好きな方にも、怪談がお好きな方にも楽しんでもらえて、そのどちらとも微妙に違う、あまりない味わいのシリーズになっていると思いますので、どうか楽しんでいただければ嬉しいです。あの手この手でミステリと怪談の境界線を探っていますが、まだ面白いことができそうな気がしますし、もうしばらくお付き合いください。

■有栖川有栖(ありすがわ・ありす)

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1959年生まれ。大阪府出身。同志社大学法学部卒。89年『月光ゲーム』で作家デビュー。書店勤務を続けながら創作活動を行い、94年作家専業となる。2003年『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、08年『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞を受賞。推理作家・有栖川有栖と犯罪学者・火村英生のコンビが活躍する「火村英生(作家アリス)シリーズ」は、開始後30年となる今も人気を誇り、18年に第3回吉川英治文庫賞を受賞。他の作品に『濱地健三郎の霊なる事件簿』『濱地健三郎の幽たる事件簿』『こうして誰もいなくなった』『捜査線上の夕映え』など。

■作品紹介
『濱地健三郎の呪える事件簿』有栖川有栖

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ここから読んでも楽しめる!
謎に満ちた心霊現象 vs. 比類なき名探偵

探偵・濱地健三郎には鋭い推理力だけでなく、幽霊を視る能力がある。彼の事務所には、奇妙な現象に悩む依頼人のみならず、警視庁捜査一課の刑事も秘かに足を運ぶほどだ。リモート飲み会で現れた、他の人には視えない「小さな手」の正体。廃屋で手招きする「頭と手首のない霊」に隠された真実。歴史家志望の美男子を襲った心霊は、古い邸宅のどこに巣食っていたのか。濱地と助手のコンビが、6つの驚くべき謎を解き明かしていく――。

2022年9月30日(金)発売
KADOKAWA 刊 1,925 円(10%税込み)
四六判上製 296 頁 
書誌ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000334/

KADOKAWA カドブン
2022年11月01日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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