なぜその問題に答えられたのか クイズに重なる解答者の人生
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
生放送のクイズ番組『Q-1グランプリ』の決勝ステージもいよいよ大詰め。次の問題に正解したほうが賞金1000万円を獲得、初代王者となる。だが、その問題がただの一文字も読まれないうちにランプが点灯。早押しボタンを叩いたのは、東大医学部の4年生でTVタレントの本庄絆だった。彼が口にした答えは、「ママ.クリーニング小野寺よ」。
会場が異様な静けさに包まれ、MCやスタッフが狼狽するなか、正解を意味するピンポンが鳴り響く――。
小川哲『君のクイズ』はこんな印象的な場面で始まる。小説の主人公は、決勝で敗れた三島玲央。競技クイズにひたすら打ち込んできた“僕”は、番組の録画を再生しつつ、クイズプレーヤーの矜持にかけて、「本庄絆は最後の問題になぜゼロ文字で正答できたのか?」の謎に挑む。
言ってみればただそれだけのシンプルな物語だが、これが無類に面白い。徹底的に理詰めで謎を解き明かしていく過程は最上の本格ミステリーの興奮に満ち、合間に語られるクイズの哲学と蘊蓄が興趣を添える。早押しクイズの問題はどのように作られ、プレーヤーはどうやって腕を磨くのか。“クイズに強い”とはどういうことなのか。
クイズ小説の名作と言えば、ヴィカス・スワラップ『ぼくと1ルピーの神様』や、高山羽根子の芥川賞受賞作『首里の馬』が思い浮かぶが、その2作と同じく、ここでも解答者の人生がクイズに重なり、心を揺さぶる。それと同時に、限界まで知恵を絞りコンマ1秒を争う頭脳スポーツの側面も大きくクローズアップされる。その意味で、本書は試合が終わったところから始まる異色のスポーツ小説だとも言える。
ちなみに、「ママ.クリーニング小野寺よ」は、山形県を中心に4県に店舗をかまえる実在のクリーニング・チェーンの名前だという。こんな固有名詞を小説の核心に持ってくるところが実に小川哲らしい。