『暴力のエスノグラフィー』ティモシー・パチラット著(明石書店)

レビュー

3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

暴力のエスノグラフィー

『暴力のエスノグラフィー』

著者
ティモシー・パチラット [著]/小坂 恵理 [訳]/羅 芝賢 [解説]
出版社
明石書店
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784750354477
発売日
2022/09/22
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

『暴力のエスノグラフィー』ティモシー・パチラット著(明石書店)

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

 「いのちの食べかた」というドキュメンタリー映画がある。私たちが日々食べている命が機械化された食料生産の現場で選別や解体される様子が淡々と描写されている。本書の記述はより生々しく、挑戦的だ。

 牛の食肉処理場の従業員に応募した著者はレバーを処理する冷蔵室勤務から牛を殺す場へと追い立てる部署、品質管理室へと昇進しながら、処理場で起きていることを血の匂いや肉片の散乱といった細部に至るまで緻密(ちみつ)に観察・記述する。そうすることで本書は、都合の悪いものを隔離して監視する近代が不可視化してきた場と私たちとの距離の消滅を試みる。と同時に物理的な区画化や巧みな監視のメカニズムによって処理場で働く人びと―個性と感情がある人びと―にとっても生物を殺す過程の全体像が隠蔽(いんぺい)されていることも浮かび上がらせる。

 本書は動物や従業員の権利を主張する代わりに、隠蔽されたものを可視化する「視界の政治」を通じて、食肉処理の仕事や忌まわしい慣習への見方、それらに関わる権力そのものの変革を期待する。その成否は読者にかかっている。小坂恵理訳。

読売新聞
2022年11月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加