『転生 満州国皇帝・愛新覚羅家と天皇家の昭和』牧久著(小学館)

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転生

『転生』

著者
牧 久 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093888585
発売日
2022/07/27
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

『転生 満州国皇帝・愛新覚羅家と天皇家の昭和』牧久著(小学館)

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

溥儀・溥傑 激動の人生

 90年前、日本が中国東北部に誕生させた満州国。映画「ラストエンペラー」の残像が大きい人も多いのでは。本書は膨大な史資料と、旧満州を5度訪れての取材、現地で蒐集(しゅうしゅう)した記録で編まれた完全なノンフィクションである。経糸(たていと)は、波乱万丈という言葉以上の人生を歩んだ愛新覚羅(あいしんかくら)家の溥儀(ふぎ)と溥傑(ふけつ)。兄弟を取り巻く日本軍や天皇家の複雑な人間模様が頑強な緯糸(よこいと)となってストーリーラインを紡ぐ。

 3度皇帝となり、3度その座を追われる溥儀。自らを「神同然」の存在と信じ、「強靱(きょうじん)なしたたかさ」で「玉」となって歴史の激流を転がっていく。兄より少しの自由を得る溥傑は、日本の侯爵家出身の妻と分かちがたく結ばれる。吉田茂、張学良、蒋介石ら歴史の主要人物のみならず、名もなき大陸浪人たちが歴史の駒となって躍動。正史からは零(こぼ)れ落ちる人々の息遣いが生々しい。ソ連侵攻後、計画どおり溥儀と溥傑の京都亡命が実現していたら、と想像してしまう。戦後処理のかけひきで兄弟をソ連に「売り渡した」人物についても推測が巡らされる。

 戦後の物語を牽引(けんいん)するのは、日中に引き裂かれた溥傑夫妻。周恩来の庇護(ひご)で再会を果たすも、一家の懊悩(おうのう)は海よりも深かった。92年、天皇訪中の際に「謝罪」を巡って発せられた溥傑の言葉。そこには二つの国の間で翻弄(ほんろう)され続けた彼の人生が凝縮されるよう。(現在の)上皇上皇后両陛下は溥傑が亡くなるまで思いを寄せ続けられたという。一連の流れは、著者の取材で初めて見えてきた風景である。

 満州国をテーマとする作品は多種多彩で、どこまでが事実か分からなくなる時がある。本書が約500ページにわたって積み重ねた圧倒的事実は「虚構」の世界をはるかに越えて読み手を離さない。複雑で膨大な通史を一編の物語に成立させた営みは、スクープの大小に評価が偏りがちなノンフィクションの別次元の高みを示している。

読売新聞
2022年11月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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