『日朝交渉30年史』
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<書評>『日朝交渉30年史』和田春樹 著
[レビュアー] 内田誠(ジャーナリスト)
◆国交正常化の頓挫 詳細に
本書の出版がもう少し早ければ、中身は違ったものになっていたのかもしれない。安倍晋三元総理が凶弾に倒れたのは、本書のゲラが出た直後。著者は「本書を読んでいただけなかったのは、残念である」と書いているが、残念なのは、むしろ取材がかなわなかったことだろう。
本書は、日朝国交正常化を推進する立場で積極的に運動に関わってきた著者が、日本と北朝鮮の国交交渉はなぜ頓挫したのか、両国が再び歩み寄る手掛かりはあるのか、三十年を超す交渉を振り返り、驚くべき詳細さでその間の出来事を拾い上げたものだ。
今も多くの人の記憶に残る二〇〇二年小泉純一郎総理(当時)による電撃訪朝。首脳会談の結果、国交正常化に向けて大きな進展が見られたが、それよりも北朝鮮側から示された拉致被害者「五人生存、八人死亡」という情報の方が、政治過程を含めてその後の日本社会に甚大な影響を及ぼす一因になった。自民党は変質し、やがて「安倍一強」と言われるようになる。
「五人生存、八人死亡」の情報が北朝鮮に対する強い怒りを呼び、回り回って国交交渉を困難にしたことは間違いない。だが、著者が指摘するのは別のことで、会談後の小泉総理の振る舞いなどに問題があったと言いたいようだ。
まずは会談後の平壌での記者会見。小泉氏は「まず平壌に来て何を達成したかを語るべきだったが、拉致問題から話しはじめ」、「平壌宣言の内容を全く説明しなかった」。
拉致問題では「償い金を支払え、生存被害者は全員解放し、帰国させよ、死亡したという被害者については状況の正確な説明と必要な措置をとれ、この点について次に交渉するとはっきり述べるべきだった」と。さらに「国交樹立へ前進するつもりなら、帰りの飛行機の中で(交渉反対派の)安倍副長官にやめてもらうという意向を伝え、それを実行すべきだった」とまで述べている。
もし安倍氏と小泉氏が著者の取材を受けていたら、こうした指摘に対する反応も書き加えられていたことだろう。
(ちくま新書・968円)
1938年生まれ。東京大名誉教授。著書『朝鮮戦争全史』『北朝鮮現代史』など。
◆もう1冊
山本栄二著『北朝鮮外交回顧録』(ちくま新書)