<書評>『荒畑寒村 叛逆の文字とこしえに』川村邦光 著

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荒畑寒村

『荒畑寒村』

著者
川村 邦光 [著]
出版社
ミネルヴァ書房
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784623094509
発売日
2022/08/22
価格
4,400円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『荒畑寒村 叛逆の文字とこしえに』川村邦光 著

[レビュアー] 斎藤貴男(ジャーナリスト)

◆社会主義に捧げた人生

 生涯を社会主義思想に捧(ささ)げ、九十三年の長命を全うした男の評伝である。一八八七(明治二十)年横浜生まれ、本名を勝三といった。

 高等小学校を出てキリスト教徒となり、横須賀の海軍造船工廠(こうしょう)で働いた。対露主戦論に覆われていた時代に、敢然と非戦論を唱えた幸徳秋水と堺利彦に惹(ひ)かれて寒村は、弱冠十九歳で社会主義運動に身を投じたのである。

 「平民新聞」に参加した。いわゆる赤旗事件では、堺や大杉栄らとともに投獄された。

 ところが、ややあって第二次桂太郎内閣が“主義者”の根絶を図り、二十四人が死刑判決を受けた「大逆事件」の、寒村は容疑者にもならなかった。権力のフレームアップに、ともあれ彼が巻き込まれずに済んだのは、内縁関係にあった六歳上の管野(かんの)スガの不倫相手だった秋水と疎遠になっていたという事情による。

 恋多き女は、弟のようだった寒村を深く思いやる遺書を残していた。だが後年、還暦間近に初めてそれを読んだ寒村は、彼女への憎しみを深めるばかりだったという。

 そんな男を著者は、「度量が狭かったと言わざるを得ない」と断じた。また不惑を過ぎた頃の寒村が、労農派の混迷にあって自殺未遂を起こした場面でも、「それにしても独り芝居と言おうか、独りで空回りしていたような寒村である」と呆(あき)れてみせている。

 時に手厳しい。されど全編に一代の社会主義者への敬意と情愛が溢(あふ)れる労作だ。著者は高名な日本文化学者である。

 寒村の人生は、愛と理想と友情に身を焦がしては裏切られ、傷ついて、の連続だった。著者は言う。晩年の彼は大上段の綱領を掲げる政治組織になど未練なく、生活圏内の個々人のグループの地域や国境を越えた連帯に、社会主義の未来を見ていたのではないか。あの平民新聞を彷彿(ほうふつ)とさせる、限りなくアナキズムに近い、自由連合の運動体のようなものに――と。

 権力に隷従せず、理想を語る者は冷笑される現代。人間の豊かさを湛(たた)えた寒村の生き方に、私たちは今こそ学ぶべきではないのか。

(ミネルヴァ書房・4400円)

1950年生まれ。大阪大名誉教授。著書『オトメの身体』『弔いの文化史』など。

◆もう1冊

瀬戸内寂聴著『遠い声 管野須賀子』(岩波現代文庫)。長編伝記小説。

中日新聞 東京新聞
2022年11月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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