勝負について、生き方について 人生観を変えた「雀鬼」との出会い

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勝とうとするな 負けの99%は自滅である

『勝とうとするな 負けの99%は自滅である』

著者
桜井章一 [著]
出版社
プレジデント社
ISBN
9784833481717
発売日
2022/10/19
価格
770円(税込)

勝負について、生き方について 人生観を変えた「雀鬼」との出会い

[レビュアー] 平野早矢香(元卓球日本代表)

 以前はマイナー競技の代表格でもあった卓球。ここ数年で、野球やサッカーといったメジャー競技に少しずつ近づくかのごとく、スポーツニュースでも取り上げられるようになった。そんな卓球界の最近の一大ニュースといえば、先日中国成都で行われた世界選手権団体戦だろう。男子は銅メダル、女子は銀メダルという結果を残した。世界中にインパクトを与えたのは男子準決勝の対中国戦、張本智和選手が二勝を挙げたことではないだろうか。私が現役時代全くと言っていいほど歯が立たなかった中国選手相手に世界選手権という大舞台での二勝、中国ベンチの鬼気迫る表情は今大会で一番印象に残っている。

 卓球という競技と向き合った現役生活26年。振り返れば、自分が強くなるため、世界のトップ選手と対等に戦えるようになるために何でも挑戦し勉強した。そんな中最も衝撃を受け、周囲からも驚かれたのが、桜井章一さんとの出会いである。2008年の北京オリンピック代表選考真っ只中、知人から一冊の本をいただいた。それが桜井さんの本だったのだ。そこには勝負に対する心構えや考え方が記されていたが、今までに聞いたことのない発想で、それから桜井さんの本を買いあさり、挙げ句の果てには雀荘にお手紙を書いてお電話をし、アポをとってアドバイスをもらいにいくというところまでこぎつけた。初めてお会いした桜井さんの第一声は「そこで素振りしてよ」。雀荘で素振りをするなんて初めての経験だ。「左手が上手く使えてないね」。いきなり身体の使い方を指摘されたことにとても驚いた。

 私の人生と人生観を大きく変えた桜井さんとの出会い。勝負についても生き方についても沢山のアドバイスをいただいた。私の心に残っている言葉は「心温かきは万能なり」「不調こそ、我が実力」。後者は今回の著書の中でも一つのテーマとして語られている。頭では分かっていても勘違いし間違いを犯すのが人間である。そんな自分を正し、元の自分に戻してくれるような一冊だ。「『勝ちたい』という欲は厚化粧に似ている」。この一節を読んで現役時代を思い返してみる。とにかく勝ちたい強くなりたいという欲にまみれていた自分は、すっぴんで戦っていたとはいえ、鬼の形相と言われた恐い表情をすることで自分の心の弱さや素の自分を隠していたのかもしれない。引退してお化粧もするようになった私の今の生き方は桜井さんにどう映っているだろうか? 今度聞いてみたいと思っている。

新潮社 週刊新潮
2022年11月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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