寄り道と無駄に彩られた英国ワンダーランドへようこそ!

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英文学者がつぶやく 英語と英国文化をめぐる無駄話

『英文学者がつぶやく 英語と英国文化をめぐる無駄話』

著者
安藤 聡 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
語学/英米語
ISBN
9784582839128
発売日
2022/10/07
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

寄り道と無駄に彩られた英国ワンダーランドへようこそ!

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 タイトルに無駄話とあれば覗いてみたくなる。生活においても仕事においても無駄を省くことが至上命令である現在があまりにも息苦しいからだ。そもそも無駄とは「それをしても効果のないこと」や「役に立たないこと」であるが、効果がないといってもそれはある角度から見た場合に、ある特定の目的にかなわないというだけのことである。

 英国に住んだことのないわたしが、この本を読んでいるあいだは英国各地をめぐって町の生活音にひたり、人々の話に耳を傾けているつもりになれる。たとえば「スカウス」と呼ばれるリヴァプール方言の話。この土地の言葉には〈貧しい生活から生まれた表現〉や〈権威に対する反発を示す表現〉などが多く、〈性行為や飲酒に関連する語彙が異常に豊富〉なのだそうだ。なぜか鼻に関する語(句)もとても多く、鼻を意味するbewdle、boodle、bugleなどのほかにgoobie「鼻をほじくること」や、nuck nose「硝子窓に押し当てられて平たくつぶれた鼻」などの言い方がある。リヴァプールという町の雰囲気が、悪童どもの顔や訛りのある発音(これについても詳細に解説されている)とともにいきいきと立ち上がってくるではないか。

 ときおり著者自身の肖像がちらりと描かれている。空いているローカル線の車内でなぜか向かいに座った労働者風の青年に、一番長い英単語は何か知っているかと聞かれた(からまれた?)話。来るはずの電車がなかなか来なかったり、やっと来ても途中で止まってしまったりする地下鉄で、興味深い広告を眺める話。

 辞書のなかにある「不要不急の」記述を見出す楽しさも書かれている。〈目的の単語しか表示されない電子辞書にはこういう偶然の発見という楽しみがない〉。本当にその通り。寄り道と無駄こそが人をつくる。英国を、寄り道と無駄に彩られたワンダーランドとして描いたこの本に拍手をおくりたい。

新潮社 週刊新潮
2022年11月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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