『まだ見ぬソール・ライター THE UNSEEN SAUL LEITER』
- 著者
- ソール・ライター [著]/マーギット・アーブ [著]/マイケル・パリーロ [著]
- 出版社
- 青幻舎
- ジャンル
- 芸術・生活/写真・工芸
- ISBN
- 9784861528903
- 発売日
- 2022/08/26
- 価格
- 4,180円(税込)
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思わず息を呑む親密な空気感! 無邪気な歓びに溢れた写真集
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
本を開くと、見返しを飾る見開き写真が目に飛び込んでくる。薄暗い室内の壁に写真が映しだされている。プロジェクターから光が伸び、テーブルには無造作にスライドの箱が置かれ、これからはじまる写真世界を暗示するような親密な空気に、思わず息を呑んでしまう。
それまで日本ではほとんど無名に近かったソール・ライターの写真展が東京でおこなわれたのは二〇一七年のこと。絵画に比べると集客がむずかしいというジンクスを破って大きな反響を呼んだ。
そのライターの四冊目の写真集だが、これまでの「図録」とちがい、彼がニューヨークのイーストビレッジのアパートに大量の写真とともに六十年間暮らしていた気配と、室内から街路に踏みだす息遣いとが、黒地に窓を切るようなレイアウトにより伝わってくる。随所に挟まれた作品のアーカイヴ化に努めるスタッフのエッセイも、彼独特の写真とのつきあい方を物語っており興味深い。
車のテールランプが赤く反射する濡れた車道を横断する人影、wの形にカットされた看板文字を掃除する男、列車の窓ごしに見えた小さなレディーが座席にちょこんと座っている姿。画面の手前に大きな白いものがぶわっと広がっているのは何だろう、と首をひねったのも束の間、彼方の舗道に傘を差した男が歩いているのが見つかり、にやりと笑う。
どの写真も現実界にささやかな発見がなされたときの驚きを秘めている。狙ったのではなく、撮れてしまった無邪気な歓びに見ている者の心は開かれ、ゆったりした歩調で細部を追いはじめるのだ。
ライターはモノクロが芸術的だと信じられていた時代にいち早くカラーに手を延ばした。光とレンズとフィルムが三位一体となって生みだすハーモニーに、世界はこんなにも色の調和に溢れていたのかと驚かされる。秋の夜長にオレンジ色のランプの下でひっそりと開きたい。