『いきている山 (原題)THE LIVING MOUNTAIN』ナン・シェパード著(みすず書房)
[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大准教授)
歩み止め 身任す大切さ
頂上(クライマックス)目がけて突き進む読書が最近あまり得意ではない。電子書籍の「読み終えるまでX分」という表示が目に入るとなぜか絶望的な気持ちになるし、帯に「ページをめくる手が止まらない!」と書いてある本に遭遇すると、周りも驚くほどの猛ダッシュでその場を逃げてしまう。
スコットランドの作家、ナン・シェパードがケアンゴーム山群での体験を記した本書は、読者を急(せ)かすようなことは一切しない。逆に、寄り道したり、立ち止まったり、同じ道を辿(たど)り直すことの大切さに気づかせてくれる。
最初は刺激を求めて「山頂を目指してばかりいた」著者も、ケアンゴームに繰り返し足を運ぶ中で「山はしばしば、私がいかなる目的地をも目指していないときに、もっとも完全な形で自らを私に差し出してくれる」ことを学ぶ。「いきている山」と時を共にすることで、五感を開いていく。冷たい川の中を歩き、小鳥のさえずりに耳を傾け、木の香りを肺の奥に送り込む。ときには、山に身を委ね、眠りに誘われる。
僕はスコットランドを訪れたこともないし、山登りが得意なわけでもない。公園や緑道を渡り歩くことで東京のコンクリート・ジャングルをなんとか生き延びている。なので、本書の山岳文学や登山文学における位置づけについて語ることはできない。が、一つ確信を持って言えることがあるとすれば、それは僕がこの本を「読み終える」ことはないだろうということだ。その精巧で繊細な文章に何度も触れ、少しは生き方を改めることがあるかもしれない。
第2次世界大戦期に書かれた本書は、当時は出版されることなく、30年近く著者の机の引き出しの中に眠っていた。その作品が刊行され、英語での初版から更に半世紀近くしてから、愛と敬意に満ちた訳で日本語になり、新たな読者を得る。その小さな奇跡が与えてくれる大きな希望に感謝したい。芦部美和子、佐藤泰人訳。