『濱地健三郎の呪える事件簿』有栖川有栖インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】

インタビュー

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濱地健三郎の呪える事件簿

『濱地健三郎の呪える事件簿』

著者
有栖川 有栖 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041116531
発売日
2022/09/30
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『濱地健三郎の呪える事件簿』有栖川有栖インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】

[文] カドブン

取材・文:千街晶之 写真:橋本龍二

怪奇現象に悩まされる依頼人を救う心霊探偵・濱地健三郎と助手の志摩ユリエ。『濱地健三郎の呪える事件簿』は、彼らの活躍を描くシリーズの第3弾だ。コロナ禍という世相も取り入れて恐怖の本質に対する洞察を研ぎ澄ませたこの新刊について、著者にうかがった。

■世の中全体が蝕まれていく感じを怪談に落とし込めるんじゃないか

『濱地健三郎の呪える事件簿』は、新宿に事務所を構える心霊探偵・濱地健三郎が登場する短編集の3冊目だ。思えば、学生である江神二郎や、学者である火村英生など、有栖川がこれまでに生んだ名探偵は私立探偵ではなかった。

「事務所を持っている探偵は、シャーロック・ホームズや明智小五郎もそうなので憧れだったんですが、今まで書いた探偵はどれも事務所を構えてなかったんですね。もしかして探偵事務所を書けるチャンスがついに訪れたのではないかと喜んで書きました。助手の志摩ユリエは、事務所ならやっぱりアシスタント的な人は要りますし、これまで書いた探偵にも相棒がいたので、そのフォーマットを怪談に使ってもいいだろうと思って作ったキャラクターです」

 このシリーズは、ミステリーと怪談の中間ぐらいという狙いで書いているという。

「いろんなやり方があって、どういうのが理想かは定まらないんですが、こんなやり方もあるのではと探りながら書く時に、ひょっこり出てくる面白さってあると思います。本格ミステリーの面白さが確固としてあるのに対し、ハプニング的に出来る作品もあったりします。だから、まだ探っている最中ですが、そういう書き方をするシリーズなのかなと思います」

 作品を書く時は、ミステリー的な発想が先か、それとも怪談の趣向が先なのだろうか。

「両方ですね。怖いのを書くのは得意じゃないと自分で思っていまして、とはいえ、夜中に読んでいてうっすら不気味に感じるくらいには怖くなければならない。どう書けば怖いか、というのは発想のスタートとしてありますね。それと、ミステリーではお馴染みのモチーフを怪談で使うと解釈が変わってくるので、そのへんも狙い目ですね。例えば、今回の『戸口で招くもの』には首のない幽霊が出てきますが、ミステリーだと顔がない死体が出てくるとAさんかそれに見せかけたBさんか、どっちかなんですが、怪談で使う余地はないかなと考えたのが発想の原点ですね。幽霊ですから法医学的な鑑定も出来ないですし、どうなるんだろう……という発想です」

「戸口で招くもの」では濱地がある仮説を披露してユリエを驚かすが、火村英生や江神二郎といった本格ミステリーの探偵たちの推理とはどう違うのだろうか。

「濱地は探偵らしいことを言わないと単に探偵のコスプレをしているおじさんになってしまうので、ちゃんとみんなが納得する説明をするシーンは要るだろうと思いつつ、それをやるとミステリーになるので、どんどん怖くなくなるんですよね。ちょっと細部がぼけてあやふやな、でも輪郭は合っているぐらいが心霊探偵の推理的中には程良い感じなんじゃないかなと。そのあたりを探りながら書いていますね」

 幽霊たちの登場の仕方にヴァリエーションがあるのも、ミステリーになりすぎると怖くないからという理由によるものだという。

「幽霊はここまでしか出来ないとか、こういう現れ方しか出来ない……みたいなルールがあると、8割9割ミステリーになってしまうので、わざと千差万別にしました。いろんな怖さが書けるという理由もありますが」

 実際に殺人などの犯罪が起こるエピソードがある一方で、「呪わしい波」のように、心霊探偵ものでなければ書けない、刑事罰には問えない霊的な犯罪計画が登場するエピソードもある。

「書きながら思ったのは、ミステリーで言えばコナン・ドイルの『赤毛連盟』ですね。そんな犯罪計画が裏で進んでたんですか、そんな計画を考える人間がいるんですね……という奇妙な味わい。その線を目指して書いたわけではないんですが、書いているうちに『赤毛連盟』を連想しました」

「囚われて」でユリエの交際相手の進藤叡二を視点人物にしたのは、霊が視えない人の視点で怪談を書きたかったからだろうか。

「そうですね。ユリエは助手になってからだんだん視えるようになって、それはそのほうが書ける話が増えると思ったからですが、視えない人が出てくれたほうがもっともらしくなる話とか、面白さが増す話はありますから、進藤君は視えない人の代表のひとりという感じではありますね」

 本書の今までと異なる特色は、コロナ禍の世相を取り入れたことだ。例えばコロナ禍の初期、誰もがリモートでの打ち合わせや会議に慣れない時期は、家族やペットなど映ってはいけないものが映るハプニングがよく見られたけれども、巻頭の「リモート怪異」はまさにそういうネタの怪談だ。

「コロナってやっぱりぼんやりした不安ですよね、目に見えなくて。世の中全体が蝕まれていくような感じというのは、怪談に落とし込めるんじゃないかと。疫病って『方丈記』の世界の話かと思ってたら今もあるんだねという感覚を自分も初めて味わったので、そこからぽとんと落ちてくる話というのもあるんじゃないかと。でも掲載誌の『怪と幽』は月刊誌とかのペースではないので、コロナが意外とすんなり収束したら、微妙に古いネタと思われる懸念はあったんですけど、そんなに早く収まらないだろうと思ったら案の定で、単行本をまとめる時になっても過去形になっていない。予想した通りだったなあとは思います」

 以前、『幽』での綾辻行人との対談で、震災をきっかけに「ミステリーを書くのは死者の声に耳を傾けること」と思うようになったと述べていた有栖川だが、コロナ禍に際して新たに思うことはあっただろうか。

「病気が怖いというのもありますが、とにかく家にいましょうというのが怖かったです。作家は仕事に支障もなくて家に閉じこもるのには強いですが、でも人によっては地獄でしょう。家って安らぎの場所といわれますけど、家の中で行われる暴力、家から出ないと逃げられないつらさというのはすごく想像がついてしまう。家にいましょうというのは個人的にはOKだけど、他の人の事情を考えると怖いことを言っている……そういう両義性について考えたことはいろいろありますね」

 ところで今回のあとがきには、有栖川自身の不思議な体験が書かれているが、そういう時は実際に濱地のような探偵がいると頼もしいのではないだろうか。

「思いますね。幽霊など科学的にいるわけないだろうと思っても、いないと断言は出来ないので、何か心霊的な障りが生じた時に、シャーロック・ホームズとかの名探偵は役に立たないので、心霊探偵が友達にいてほしい(笑)。京極夏彦さんの京極堂・榎木津コンビが一番頼もしいというか、納得もさせてくれるし、怪しげなことがいっぱい起きたあとで京極堂が出てきた時のあの安心感は、一番相談したくなりますね、話は長くなってもいいから(笑)」

 濱地シリーズは今後、どのように続くのだろうか。

「私は探偵がどこかに進んでいるとか話がクライマックスに向かっているとかよりも、永遠に反復するつもりじゃないかというシリーズが好きで、それは反復できていること自体に意味があるんじゃないかと。濱地シリーズの場合は、もう少し反復を続けてもいいかなと思いつつ、変化や発展の時が来たらそういうのがあってもいいし、その先には決着というものがあるかもしれないとも思っています。実はあのシリーズ、書き落としていることがいっぱいあって、例えば濱地の事務所の上の階って空いてるんですよ。なぜそうしたのか自分でも意味はなかったんですが、ちょっと気になっていて、あれって最後の決着に何か関係してくるのかなとも思っています」

 この世の論理とあの世の不条理のあわいを歩む探偵の、これからの活躍にも注目したい。

※「ダ・ヴィンチ」2022年12月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載

■プロフィール

『濱地健三郎の呪える事件簿』有栖川有栖インタビュー【お化け友の会通信 fr...
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ありすがわ・ありす●1959年、大阪府生まれ。89年、『月光ゲーム Yの悲劇’88』で小説家デビュー。『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、「火村英生」シリーズで第3回吉川英治文庫賞をそれぞれ受賞。

■書籍紹介

『濱地健三郎の呪える事件簿』有栖川有栖インタビュー【お化け友の会通信 fr...
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『濱地健三郎の呪える事件簿』
有栖川有栖 
KADOKAWA 1925円(税込)

志摩ユリエの先輩がオンライン飲み会で体験した出来事とは。小屋の戸口に立っている首のない霊は何者なのか。濱地健三郎とつきあいの深い赤波江刑事による初めての依頼とは。コロナ禍においても後を絶たない依頼人の悩みに心霊探偵が向き合うシリーズ第3弾。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000334/

■シリーズ既刊

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『濱地健三郎の霊なる事件簿』
有栖川有栖 
KADOKAWA 726円(税込)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321902000609/

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『濱地健三郎の幽たる事件簿』
有栖川有栖 
KADOKAWA 1,870円(税込)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000219/

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『怪と幽』vol.011
KADOKAWA 1980円(税込)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000144/

●第一特集
悪魔くんを求め訴えたり 水木しげる生誕100年
【シリーズ解説】京極夏彦
【対談】佐野史郎×久坂部 羊
【インタビュー】鏡 リュウジ、佐藤順一
【寄稿】呉 智英、朝松 健、イトウユウ、廣田龍平

●第二特集
営繕かるかや怪異譚
【対談】小野不由美×加藤和恵
【インタビュー】漆原友紀
【ガイド】朝宮運河

●小説 京極夏彦、小野不由美、澤村伊智、内藤 了、和嶋慎治
●漫画 諸星大二郎、高橋葉介、押切蓮介 ほか

KADOKAWA カドブン
2022年11月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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