日常から脱出せずに変貌させる呆れるほどに崇高な冒険
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
〈ただささやかに生活をしているだけで、これ以上のものを望んでいるわけでもないのに、なんだか漠然と生きづらい〉
と、どこからともなく湧き出てくる不安に悩まされていた文筆家は、近所の老婦人に勧められて野草の天ぷらを食べたことをきっかけに、自分が「真っ当な衣食住」という固定観念に縛られていたと気づく。
困ったら草だって食べられるのだから、いまの暮らしを必死でキープしなくてもたぶん大丈夫。もっと自由になれるかもしれない。そう考えた著者は、衣食住についてのさまざまなクエスト(冒険)を試みる。
服を着るのをやめてみるとか、断食からの不食とか、やろうと思えばできるかもしれないけど、きっとやる人は滅多にいない。そんな孤高のチャレンジの記録が本書だ。
日常から脱出するのではなく、日常そのものを変貌させる冒険。ゲーム感覚ではあるのだが、なかには強烈なものもあって、一年間何もしないという仮死経験なんて、ある意味ではヒマラヤ登山より危険だ(社会復帰が難しそう)。
そのあたりで拾った石を売る試みが印象深い。宝石や希少鉱物ではない。ただの小石だ。これが売れたら「真面目に労働するしかない」という呪いから解き放たれる、と敢然と挑む著者。アホらしいと思うだろうか。じつは見事に成功する。〈気づけばその日、石だけの売り上げで五千円近くを稼いだのであった〉。いったいどうやったのかは、ぜひ本書を読んでほしい。
軽やかな文体で読むこと自体を楽しませてくれる。一方で、生きることの意味を根源から問い直す哲学的な側面も。読みながら、常識やしがらみに縛られて、自由な発想ができなくなっていた自分に気づく。
あなたがいま不安に囚われているなら、処方箋になるかも。たぶん気持ちが少し楽になる。もしならなくても、爆笑できるから損はない。