どうしようもない語り手は「私の中のもう一人の私」。作家の凄みを感じさせる3冊

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  • 嫉妬/事件
  • おはん
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書籍情報:openBD

どうしようもない語り手は「私の中のもう一人の私」。作家の凄みを感じさせる3冊

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 二〇二二年のノーベル文学賞がアニー・エルノーに決まったとき、下馬評にちらほら名前が出ていたとはいえ、恋愛小説とノーベル賞の組み合わせがちょっと意外だった。

 タイミングよく、エルノーの後期代表作である『嫉妬/事件』が文庫化された。余談だが、このところノーベル賞がらみでの早川書房の受賞率は驚異的だと思う。

「嫉妬」「事件」はともに作家の代名詞ともいえるオートフィクション(自伝的作品)。「嫉妬」は、自分から別れを告げた後で恋人が別の女性と付き合い始める。そう知った途端、私の中にもう一人の女性の存在が侵入し、彼女への妄執に占有されていく。

 フランスで中絶が違法だった一九六〇年代、望まない妊娠をした女子学生の経験を描くのが「事件」。極私的な経験を書くことで階層/性別に対する差別や彼女を取り巻く社会状況が描かれ、私の小さな世界が、現在の、中絶をめぐり揺れるアメリカにもつながっていく。

 宇野千代『おはん』(新潮文庫)の語り手は、二人の女のあいだを行き来する、本当にどうしようもない男なのだが、そのどうしようもなさを臆面もなくさらけ出す語りにすごみがある。

 芸者のおかよに心を移し、妻のおはんを捨てるが、そんな自分に文句も言わず、ひっそりと子供を産み育てているおはんへの思いも断ち切れず、優柔不断が悲劇を引き起こす。

 文庫本で百ページほどを、作家は十年かけて彫琢した。おはんにもおかよにも自分がいて、語り手の男の気持ちも自分の心中だと書く宇野がおそろしい。

 どうしようもない男女の関係を描いた開高健『夏の闇』(新潮文庫)。

 作家である私は、ヨーロッパのある都市で暮らす、かつての恋人と再会する。

 ヴェトナム戦争に従軍記者として参加し、からくも生き残った私は、深く損なわれ、彼女との性愛に溺れるか、眠り続けるかしかできない。

「よその国の戦争のことなんか忘れちゃいなさい」。そう告げる女の声もまた、作家自身の声ではないか。

新潮社 週刊新潮
2022年11月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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