『ミラノの森』山本浩二著(羽鳥書店)
[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)
画家の未来 開いた出会い
この本は、ミラノ在住の画家である山本浩二が、ミラノでの出会いと別れを軸に、その芸術観を綴(つづ)ったエッセー集である。その数々の出会いは、世界とつながるとはどういうことかを開示してくれるものであった。
まずは三十五歳の時に出会った、ブルーノ・ダネーゼの金言である。「ベストを尽くしていい展覧会をしなさい。真実は必ず伝わる。しかしそれだけでは駄目なのです。いい記録を残しなさい。たとえ少ない頁(ページ)でも、美しいカタログを作りなさい。それが歴史になるということなのだから。ヨーロッパでは歴史はそうして創られてきたのです」
この言葉を胸に刻んで、山本は手探りで絵を描き、展覧会の実現に奔走する。ただし、展覧会は何でもよいわけではない。ダネーゼの金言は、「一流のギャラリーでの展覧会でこそ実現できる話だ」からだ。しかし、それは平坦(へいたん)な道ではなかった。関心を寄せてくれて展覧会の約束までしてくれたギャラリストのドゥニーズ・ルネやレナート・カルダッツォは二人とも病に斃(たお)れた。
その苦境を救ったのが、ボッカ書店のジャコモ・ロデッティである。限定三十三部の本を出してくれたばかりか、書店で展覧会を開いてくれたのである。
「それがすべての始まりだった」。その後、世界流通のギャラリーであるロレンツェッリ・アルテと契約し、個展の開催に漕(こ)ぎ着け、ついに世界につながったのである。オーナーのマッテオ・ロレンツェッリは言う。「君も僕もやがていなくなる。しかし、君のこの作品は残るだろう。君がいなくなっても、この絵が見ている人にすべてを語るだろう」
だからこそ、イタリアでの芸術家との別れの作法は胸を打つ。葬儀では、人々が権威づけの紹介ではなく、芸術家の芸術や理念について言葉を尽くすことを「自分に課された責務であるかのように話し続ける」。
世界につながることは、芸術の真実を知ることでもあるのだ。繰り返し読み直したくなる珠玉の一書である。