『キューバ・ミサイル危機 広島・長崎から核戦争の瀬戸際へ 1945‐62 上・下 (原題)Gambling with Armageddon』マーティン・J・シャーウィン著(白水社)
レビュー
1『キューバ・ミサイル危機(上)』
- 著者
- マーティン・J・シャーウィン [著]/三浦 元博 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 歴史・地理/外国歴史
- ISBN
- 9784560094488
- 発売日
- 2022/08/31
- 価格
- 4,400円(税込)
書籍情報:openBD
『キューバ・ミサイル危機(下)』
- 著者
- マーティン・J・シャーウィン [著]/三浦 元博 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 歴史・地理/外国歴史
- ISBN
- 9784560094495
- 発売日
- 2022/10/03
- 価格
- 4,400円(税込)
書籍情報:openBD
『キューバ・ミサイル危機 広島・長崎から核戦争の瀬戸際へ 1945‐62 上・下 (原題)Gambling with Armageddon』マーティン・J・シャーウィン著(白水社)
[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)
一触即発 偶然が回避
世界が核戦争の瀬戸際まで迫ったキューバ・ミサイル危機。もう検証は尽くされたと思っていた。だが著者によれば、それは歴史の「初稿を支配する人びと」によって「歪曲(わいきょく)」され「金箔(きんぱく)」を施されたものという。60年前の事実の再検証が今これほど切迫感を伴った読書体験になろうとは。
物語の柱は二つ。まずケネディがソ連によるキューバへの核ミサイル配備を知ってから、フルシチョフが撤去に同意するまでの13日間の意思決定をめぐるミクロな分析。そして東西陣営を舞台にした、広島への原爆投下で始まる核軍拡競争の軌跡。アメリカのピュリツァー賞受賞作家は、虫の目と鳥の目で歴史を検分する。
真の危機は政治の表舞台から遠く離れた場にあった。核ミサイルを搭載したソ連の潜水艦は情報を遮断され孤立。あわや魚雷を発射する寸前に追い込まれた。沖縄のミサイル基地には誤った攻撃命令が下され、士官が引き金をひきかけた。いずれも「世界史上もっとも幸運な偶然事」により差し止められたに過ぎない。
外交交渉の場も揺れた。米ソの強硬派は互いの動きを「餌」に戦端を開こうとする。文民統制は危うくほころびかける。後にベスト&ブライテストと評される者たちですら核戦争へと傾く瞬間が。「ヒトラー並」の心理状況にある独裁者を追い詰めることがいかに危険か、一触即発の展開が続く。核の発射ボタンを押すかどうか、最後の決断は人間の仕業。「技術の発展に比した道徳的成長」がなければ、世界は兵器に翻弄(ほんろう)される――。原爆投下を指揮した陸軍長官スティムソンの言葉だ。
重厚な上下2巻。一年を振り返るには早いかもしれないが、著者の取材と分析は今年のノンフィクションでは圧倒的。ロシアのウクライナ侵攻を見ることなく逝った老歴史家、享年84。渾身(こんしん)の遺作は、再び核の恐怖に脅かされる世界に重い教訓を刻んだ。三浦元博訳。