『犠牲者意識ナショナリズム 国境を超える「記憶」の戦争』林志弦著(東洋経済新報社)

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犠牲者意識ナショナリズム

『犠牲者意識ナショナリズム』

著者
林 志弦 [著]/澤田 克己 [訳]
出版社
東洋経済新報社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784492212523
発売日
2022/07/22
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

『犠牲者意識ナショナリズム 国境を超える「記憶」の戦争』林志弦著(東洋経済新報社)

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

歴史認識 冷静に検証

 日韓両国を分かつ徴用工問題に見られるように、歴史認識は今も大きな外交争点である。だが、歴史をめぐる対立は東アジア固有のものではない。世界各地でも、過去の戦争や植民地支配をめぐって「記憶の戦争」が起こっている。

 本書は「犠牲者意識ナショナリズム」という切り口から、なぜ記憶をめぐる対立が世界中で際限なく繰り返されるのかを明らかにしている。東アジアのみならず、ドイツ、ポーランド、イスラエルといった様々な事例をとりあげ、記憶のグローバル・ヒストリーを紡ごうとする壮大な試みだ。

 20世紀は、世界大戦、ジェノサイド、民族紛争などで、無数の犠牲者が生み出された時代であった。かつてない規模で人の移動が起こるなかで、無関係であった各地の犠牲者の歴史的記憶が互いに絡み合い、それによって集団で共有される犠牲者意識の記憶が生み出された。

 こうした傾向は、冷戦が終結してイデオロギーに縛られた記憶が国境を超えるようになり一層加速された。さらに世代を超えて記憶が継承されることで、自らの道徳的かつ政治的立場を正当化する強固な犠牲者意識ナショナリズムの形成へとつながった。

 著者はこうした犠牲者意識ナショナリズムの問題点を鋭く指摘する。犠牲者としての記憶を過度に強調することは、自らが加害者であった記憶を忘却することにつながる。またどの集団がより痛みを強いられたかという議論は、犠牲者意識の序列化や競争を引き起こす。

 本書の優れた点はそのバランス感覚にあろう。著者は、自らの加害性を棚上げしようとする当事者を等しく検証し、歴史における加害者と被害者に二分する議論から零(こぼ)れ落ちた論点を丁寧にすくいあげて概念化を試みている。昨今喧(かまびす)しい「正しい歴史」をめぐる論争から距離を置き、歴史認識問題の出口を冷静に考えるために是非一読を勧めたい。澤田克己訳。

読売新聞
2022年11月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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