橋爪大三郎×大澤真幸 未知の領域に入った世界をどう収拾するか、今こそ哲学が必要だ

対談・鼎談

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おどろきのウクライナ

『おどろきのウクライナ』

著者
橋爪 大三郎 [著]/大澤 真幸 [著]
出版社
集英社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784087212419
発売日
2022/11/17
価格
1,265円(税込)

書籍情報:openBD

橋爪大三郎×大澤真幸 未知の領域に入った世界をどう収拾するか、今こそ哲学が必要だ

[文] 宮内千和子(フリーライター)

橋爪大三郎×大澤真幸 未知の領域に入った世界をどう収拾するか、今こそ哲学が必要だ

橋爪大三郎
橋爪大三郎 撮影=三好妙心

果たしてロシアは戦術核を使うのか――ウクライナ侵攻の苦戦や部分的な動員の発令で、ロシア社会はもちろん、世界中に不穏な動揺が広がっている。起きるはずのない戦争が起きている今、決して使われるはずのない核使用も現実味を帯びてきている。
そんな未知の領域に入った世界に私たちはどう対処していけばいいのか。橋爪大三郎氏、大澤真幸氏、二人の社会学者による『おどろきのウクライナ』では、今後の世界の本質を見抜くには、文明論、宗教学、歴史、社会学と、あらゆる視座が不可欠だと説く。
アメリカ衰亡の中で目立ってきた中国とロシアという二つの権威主義陣営のパワー。そこにどう立ち向かうべきか、私たちに何ができるのか。本書では四〇〇ページにわたって、今こそ哲学と思想が必要だという緻密で白熱した討論が展開される。

大澤真幸
大澤真幸 撮影=新井 卓

いったい今
世界で何が起きているのか

大澤 コロナが始まって以来、グローバルなレベルで見ると、すごくいろんなことが起きています。この『おどろきのウクライナ』もそうですが、それについて橋爪さんと私で何度か対談をしてきました。なぜ今、我々社会学者がここまで膝を突き合わせて話すのか。その理由は、世界で何が起きているのか、それがよく分からないからです。
 二〇二二年二月、ロシアがウクライナに軍事侵攻した。それは確かに起きている。しかしなぜロシアがウクライナに戦争を仕掛けるのか、本当のところはよく分からない。あるいは、中国とアメリカが対決している。この対決も一体何なのか、よく分からない。
 ある出来事が起きたときに、前提として考える、理論であるとか、図式であるとか、法則とかがあるわけです。それらを基に、これは何であるかということを僕らは理解します。今起きていることがなぜ分からないかというと、その背景にある法則や理論が分からないからです。

橋爪 なるほど。確かに分かりにくい。考える前提そのものが崩れてしまっているからですね。

大澤 そうなんです。例えば冷戦のときに、ベトナム戦争が起きた。これも大変な事件でしたが、冷戦がどういうものであるかという図式によって、僕らはベトナム戦争が何であるかが理解できたわけです。ところが今回のロシアのウクライナ侵攻には、それを説明できる理論や図式がない。
 アメリカと中国が反目しあっているというけれど、その中国とは一体何なのか。今はもうかつての社会主義国家とは違うわけです。むしろ紛れもなくある種の資本主義です。けれど、僕らも対談の中で何度も論じていますが、中国の資本主義は、権威主義的体制とセットになっている。これはかつての社会科学の法則からすると、本来あり得ないものです。存在しないはずのものが存在している。だからこそ、単に起きていることの記述的な解説だけでなく、我々社会学者が、その背後にある図式や理論を懸命に読み解いていかなければならないと思うんです。

橋爪 そのとおりですね。コロナが起こっていよいよはっきりしましたが、世界は曲がり角を曲がって、新しい未知の道路に入っています。予想もしなかったけれど、それは確かです。冷戦後、グローバル世界が始まって三十年経ちますが、それもそろそろ終わって、次の段階に入りつつある。
 どういう場所に我々が出てきたのか――。つながっているけど違う、このことがとても大事だと思う。我々の世界はどうしようもなくつながっているんです。グローバル世界だからです。例えばロシアの天然ガスや石油がヨーロッパやいろんな国に売られて経済を支えている。コロナも国境を越えて、あっちで流行(はや)ればこっちで流行り、世界全体で取り組まないとどうしようもない。ワクチンもアメリカが作って世界に配った。iPhoneも半導体も、中国で作ったいろんな工業製品がアメリカに渡り、世界に渡り、どうしようもなくつながっています。つながり過ぎです。
 そこで何が問題になるかというと、考え方の違いです。考え方って自分で選択しているようでしてないんですよ。どうやってもそう考えるしかないという部分がある。その違いが問題になる。相手が自分と違う考え方をしているのが許せないという問題が起こる。グローバル化は今までお隣さんだったり近所のおじさんやおばさんだった人が、突然一つ屋根の下に引っ越してきて家族になったような感じです。すると、考え方の違いがトラブルの種になる。何でスリッパをそんな脱ぎ方するんだ、もっと朝早く起きなきゃ駄目だと、一々けんかになる。時には殴り合いになる。今そういうことが起こっていると思います。
 とはいえ、ここまで相手の考え方を気にしなきゃいけない距離感は、グローバル世界では当たり前の在り方なんです。国際社会がもう一歩進化してそこまで考え方を調整しないと生存が成り立たない、もうそういう段階に来ている。だからこそ、相手の考え方がどこから来たのかを理解する作業が必要になるんです。

選択されるはずのない
戦争が起きている

大澤 橋爪さんのおっしゃるように、世界はどうしようもなくつながっているんですよね。コロナが起きたことで、今さらのようにそのつながり感を実感しました。まず単純にコロナの伝染の仕方の異様な速さ。初めは中国のローカルな出来事かと思っていたら、あっという間に世界中に広まっていた。これは、我々の世界がそれだけつながっているからですね。同時にもっと重要だったのは、コロナ対策での世界の協調です。コロナの場合自分の国だけ安全になりましたということはあり得ないから、国と国で協力しあうことが必要になる。今までこれほど国際協調が圧倒的に必要だということを感じたことはなかったんですね。つくづく庶民のレベルまでそれを強く感じたわけです。
 でも、僕らが今までになく国際協調が必要だと思っていた矢先に、予想もしなかったことが起きた。アフガニスタンでは、アメリカ軍が撤退してもっと悲惨なことになり、とても協力したくないような変な政府が出来てしまった。ロシアのウクライナ侵攻もしかり、中国とアメリカの対決は台湾を挟んで、もっとポテンシャルとしては危険かもしれない。つまり、国際協調の必要性を強く自覚するに至ったまさにその状況の中で、逆にかつてないほど深い分断が生じているという、ねじれが出ているのです。

橋爪 そのことにもう少し付け加えると、みんなが世界はグローバル化したんだと思った矢先、二〇〇一年に九・一一が起きました。アルカイダがいて、タリバンがいて、ISが出てきた。この時点での我々の認識は、テロリスト、任意団体、はぐれた若者の問題だったんですよ。そういう過激な人たちが組織をつくって、悪さをしたかもしれないが、国家ではなかった。国家は正規軍を持っていて、場合によると核兵器も持っている。しかし、法律があって、常識があって、国際社会の中に収まっているという前提で物を考えていた。ロシアも中国もそこまで変なことはしないだろうと。
 でも、今明らかになっているのは、ロシアは国家だけれど、変なんですよ。核兵器を使うと言っている。おまえたちがそういう考え方なら、俺たちは絶対に許さないと西側に拳を振り上げているんですよ。考えてみると、中国もどうもそういうことをやりそうな気配がある。北朝鮮は前からそうです。
 という具合に、我々はテロリストのようなはぐれ者の若者グループを相手にしているのではなく、人民を率いている国家が相手なのです。その国家が国ぐるみで、相手を許さない、どんな手段にも出るぞという物騒なことになっている。今までの常識だったら、戦争という選択肢はないはずなんです。でも、現に戦争が起きている。ここがとっても新しいと思います。
 ロシアがそう出たら、国連は機能しませんよ。常任理事国からロシアを追い出すと言っているが、追い出せないじゃないですか。だから、国連も機能しない。国連が機能することが戦後世界のはずだったのに、そのタガが外れてしまった。なので、いろんな意味で新しい段階に来ています。じゃ、これを収拾するのにどういう仕組みが必要か、それをまだ誰も提案してないんですよ。だから必死で考えないといけない。

今こそ哲学や思想が
必要だと思う

大澤 そうですね。冷戦が終わった九〇年ぐらいから、世界の思想がどう動いたかというと、多文化主義に代表される、差異やそれぞれのアイデンティティを強調する思想の流行です。こういう思想は、多様な人の共存を謳いますが、逆説的な結果を生む。差異の強調は、互いの間の壁を肯定し、さらに敵対や戦争の肯定につながりうる。今必要なのは、「差異」ではなく「同じ」に注目する思想です。
 なので、今回の本の対談は、ウクライナ情勢、アフガニスタンの話、中国とアメリカの関係などに言及はしているけれど、目指すところは、さらにその先にある、世界がある意味で一つであるということを照準にした哲学や世界観を模索する気持ちが強かったと思います。
 九・一一以降はっきりとしてきたのは、橋爪さんがおっしゃるように、もうごく一部の逸脱者の問題ではないということです。そうしたならず者のような行動を大国がするような状態になっている。今、国連が機能しないという話が出ましたが、その状態をどういう世界観の中に収めて、どの方向に向かうのがいいか全く見えていない。僕らはそれを立て直したいんですね。
 何らかの意味で、大きく我々が変わらなきゃいけないことは分かっているんですよ。いろいろな変化や動乱が起きても、変わる方向さえ見えれば必ずしも悲観的なことではないと思う。どこに向かうべきか、あるいはどこに向かおうとしているのかさえ見えてくれば、この動乱をポジティブなものとして転換しうる手がかりを得ることができるんじゃないか。僕はそんな感じもしているんです。

日本の知的世界は
空っぽに等しい

橋爪 なるほど。でもその熱意に水を差すようですが、日本の人々がこういう状況にきちんと反応できるかを考えてみると、現状は、大変悲観的ですね。
 それは、日本のリベラルな知識人や市民という人たちの良心の証明がどうなされているのかを見れば分かります。彼らがやっているのは政府に反対しているという態度表明だけです。政府を支えようとかちっとも思ってない。こういうやり方だと、社会を組織して国家を動かすことはできない。そういう経験が日本人にはない。憲法九条というものがあっても、機能してないじゃないですか。九条を文字どおり考えれば、自衛隊なんかあるはずがないんです。でも、それでいいや、現実にあるんだしみたいな中途半端な状態を国民の過半が支持している。
 今の現実を支えているのは誰かというと、政府の官僚とビジネスマンたちです。彼らは知識人ではないので、ああだこうだと言葉を発しないけれども、日常の業務の中で現実を支えて動かしている人々なわけです。彼らがどういう原理で動いているかというと、空気と忖度なんですよ。自分の所属する官僚組織や会社の流れを読んで、それに合わせて行動していて、その組織を離れて、国が、世界が、個々人がとか、そういうことを考える材料も勇気もないんですよ。
 だから、日本の言論や知的世界ってほぼ空っぽなんです。空っぽなところで何かやろうとすると、外国で流行っていることを翻訳して日本で商売をするというのが一番お手軽なやり方です。ポストモダンもそうだけど何の役にも立たない。その前にやることがあるだろうって思う。
 大澤さんと私は、切実にそう思っている二人組ですね。だけどまだまだ材料も足りないし、論敵も足りない。だから、外国の状況を踏まえて、論敵がいるつもりで、議論しなきゃいけない。『おどろきのウクライナ』はそういう本ですよ。

大澤 本当に僕もそういう気分です。橋爪さんが今、日本社会の体質みたいなことを話してくださったけど、日本人はウクライナで事が起きても、どこか遠くで起きていると思っているんですよ。確かに物理的には遠くで起きています。でも、自分もその現実の一部であるということに気づいてないんですね。同情の対象ではないのです。
 繰り返しますが、今世界で起きていることって、我々はその一部なんですよ。どうしようもなく関わっている。まして、中国とアメリカの対決によって台湾で有事がある可能性を考えると、その一部どころか当事者にもなりうる。日本の人々にはもっとそういう意識で世界を見てほしいと思う。

「巻き込まれたくない」が
強すぎる日本人

大澤 今、橋爪さんから九条の話が出ましたが、この間テレビで、台湾で戦争が起きたら自衛隊はどうするかという討論をしていたんです。普通に考えると自衛隊も参加する可能性は高いと思います。集団的自衛権、あるいはそれ以前に沖縄の米軍基地が標的になる可能性がかなりあるので、個別的自衛権でも当然戦うことになると思います。
 それはいいとして、テレビの議論では、日本が戦争に巻き込まれないようにするにはどうしたらいいかということを一生懸命話しているんですよ。中国とアメリカが仮に戦争をするとすれば、これは世界の方向を決めようとする戦争なんですよ。その世界の方向を決めようとする出来事の中で、自分は外にいて、それにどうすれば関わらなくて済むかという話を一生懸命しているわけです。
 ここで重要なのは、中国とアメリカが極めて厳しい対決状態にあるときに、あなたはどこにポジションを取るのかということでしょう。あなたもその一部なのだから。戦争に参加するにしてもしないにしても、そう考えなきゃいけないと思うんですね。中国とアメリカが戦争を始めちゃったときに、外側にいて、できるだけ火の粉が飛んでこないようにするにはどうしたらいいかじゃないんですよ。中国とアメリカの戦いの図式には、明らかに日本も入っているんですからね。そういう感覚があまりにも少ない。誰も関心を持ってない。
 今、中国とアメリカで分かりやすく話しましたが、今、世界中で起きていることは全部そうです。一見すごくローカルに思えることも、ほとんど全部のことがグローバルなコンテクストを理解しなければ分からないことが起きていると僕は思います。
 例えば中東で起きているある種の宗教的なファンダメンタリズム(原理主義)の問題にしても、日本にはあまり関係ないと思うかもしれませんが、ファンダメンタリズムがこんなふうに出てくるのは、やっぱりグローバルな資本主義の全体の動きを理解しなければ分からないんですよ。

自分事として考える
それが世界平和への貢献

橋爪 台湾有事を扱ったそのテレビを私は見ていませんが、どうすれば戦争に巻き込まれないかって話は、愚かに極まる。テレビ局も、登場している人も、影響を受ける視聴者もどうしようもないですよ。そんなテレビ番組が成り立つこと自体がおかしい。
 今、プーチンが動員令をかけて、ロシアの人が慌てていますね。「ウクライナの戦争はロシアに関係ありません。皆さんを巻き込まないで、ちゃんと勝ってみせます」と、プーチンはみんなにそう言って、メディアを総動員していたわけです。ロシアの国民もそう思って、八〇%、九〇%の支持を与えていたわけじゃないですか。日本から見ると、愚かだなと思うでしょう。でも、ロシア国内とウクライナの戦争とが切り離されるはずがないんですよ。切り離されないから、いよいよリアリティーが見えてきた。そしたら、みんな慌てて逃げ出している。つまり、それまではこの戦争の現実を自分のものと受け入れて考えてなかったからですよ。

大澤 スタンス的には日本と同じですね。見たくないものは見ない。

橋爪 うん、日本も同じかそれ以下だと思う。自衛隊は志願制だから、仮に自衛隊が防衛活動を行ったとしても、普通の日本人には影響がないことになっています。でも、いよいよ国が守れなくなったら、義勇軍になって国を守る以外ないじゃないですか。その準備なしに、台湾有事のことなんか議論しても無意味ですよ。
 台湾有事というのは、どう台湾を守って戦うかという話ですよ。どうすれば巻き込まれないかという話ではない。そんな話はたわ言であり、言論としては何の意味もない。でもね、日本の言論ってその種の、価値や原則の根底に降り立たない話がほとんどなんですよ。そういうのをかき分けて普通の人が手の届くところにまともな言論があること、そしてそれに触発されてまともに物を考える日本人が増えること、これが世界に貢献する道であって、言論で平和的にできることの最大のことですよ。
『おどろきのウクライナ』はそのささやかな試みの一つですけれども、この仕事をやり始めると切りがない。いくらでもやることがある。でも、一番の問題は論争する相手がいないということです。それで大澤さんと仮想論敵に向けてタッグを組んだ。

大澤 そうですね。一人だと、何もないところに向かってしゃべっている気分になってしまいますからね。

橋爪 うん、一人でやるより対談のほうが手応えがあるから、この本ができたわけですが、読者の方が読み手となり、場合によっては書き手となって、日本を立て直すきっかけにしていただけたらと思います。

大澤 そして、ウクライナであれ中国問題であれ、少なくとも自分もその世界の一部であるということを改めて認識してほしいと思います。

橋爪大三郎
はしづめ・だいざぶろう●社会学者。
1948年生まれ。大学院大学至善館教授。著書に『皇国日本とアメリカ大権 日本人の精神を何が縛っているのか?』『おどろきの中国』(大澤真幸、宮台真司と共著)『一神教と戦争』(中田考と共著)『中国共産党帝国とウイグル』(中田考と共著)等多数。

大澤真幸
おおさわ・まさち●社会学者。
1958年生まれ。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授等を歴任。著書に『ナショナリズムの由来』『三島由紀夫 ふたつの謎』『新世紀のコミュニズムへ資本主義の内からの脱出』『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎と共著)等多数。

構成=宮内千和子

青春と読書
2022年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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