アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナスにもたくさんありました。——『アイドル失格』安部若菜インタビュー

インタビュー

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アイドル失格 = Idol Disqualification

『アイドル失格 = Idol Disqualification』

著者
安部, 若菜, 2001-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041121689
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナスにもたくさんありました。——『アイドル失格』安部若菜インタビュー

[文] カドブン

取材・文:吉田大助 写真:中林 香

■『アイドル失格』安部若菜インタビュー

2018年に大阪を拠点とするアイドルグループNMB48に加入した安部若菜さんは、27thシングル表題曲の選抜メンバーをファン投票で決定するイベントで、第4位を獲得した人気メンバーだ。現役大学生でもあり、ラジオのメインパーソナリティを務めるなど活動の幅を広げている。このたび、『アイドル失格』(KADOKAWA)で小説家デビュー。1年半以上を費やして完成させた、本作に懸ける熱い思いを伺った。

アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナス...
アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナス…

■「アイドルとファンの恋愛を書きたいです」
と出版社のみなさんの前でプレゼン

――小説を書く、という選択はいつから思い浮かべていたんですか?

安部:子供の頃から小説を読むことが好きで、書くことにも興味はあったんですが、書いてみたいと具体的に思うようになったのは、アイドルになったことがきっかけです。高校2年生から活動を続けていく中で、思い描いていたアイドル像とは違う、辛いことや悲しいことをたくさん経験してきました。その経験を何かに活かしたい、小説にすることで、昇華できるんじゃないかと思ったんです。ちょうどそう思い始めた頃に、プレゼン次第で本が出せるかもしれない、「作家育成プロジェクト」という企画がありました(※吉本興業×ブックオリティ「作家育成プロジェクト」、2021年6月開催)。自分のために開催されたのかな、と思ってしまうタイミングだったんです(笑)。そこで「アイドルとファンの恋愛を小説で書きたいです」と出版社のみなさんの前でプレゼンしたところ、KADOKAWAの編集者さんに声をかけていただきました。

――加藤シゲアキさんや高山一実さんなど、現役アイドルが小説を書いて発表する例は過去にあるものの、ごくごくまれです。しかも、世の中にふわふわしたイメージとして存在する「アイドルとファンの恋愛」という題材を、当事者であるアイドルがまっすぐに描いた作品はこれまでなかったと思います。当初から、この題材にしようと考えていたんですね。

安部:現役アイドルの自分がこんなことを書いてしまっていいのかなってすごく迷ったんですけど、そういう内容の本があったら面白そうだなって、自分でもワクワクしてしまったんです(笑)。そこに主人公の成長なども絡めて書いていけたらいいな、と。

アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナス...
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■小説として面白いのはどちらかではなくて
「実々花だったらどうするかな?」と

――大手事務所に所属する4人組女性アイドルグループ「テトラ」のセンター・小野寺実々花と、彼女のファンで「ガチ恋」の感情を傾けるケイタ、ふたりの視点をスイッチしながら進んでいく物語です。3月終わりのある日、もうすぐ高校3年生の実々花は進路をどうするか悩んでいて、もうすぐ大学3年生のケイタは自分にはやりたいことが何もないと悩んでいた。冒頭の2章の、ふたりがほぼ同時にTwitterで「死にたい」とつぶやこうとしていた、というエピソードでぐいっと掴まれました。読み手に仕掛けましたよね?

安部:仕掛けました(笑)。実々花とケイタの共通点みたいなものを最初に作っておきたかったし、アイドルもファンも同じ人間なんだよと伝えたかったんです。自分が実際にアイドルになってみてわかったことなんですが、アイドルはみんなステージの上ですごく楽しそうに歌ったり踊ったりしているけれど、今日はしんどいなぁという日もあったりする。そのことが見ている側には伝わってないというか、伝わらないようにしていたんだなあと思ったんですよね。ただ、こういう気持ちになってしまった時に、ケイタはこの言葉をツイートできるけれど、実々花は絶対にツイートできない。言葉を飲み込まなければいけない。そこの違いも出せたらなと思いました。

――ケイタは「みんなだいすきだよ」という実々花のツイートに心を痛めてしまう。〈僕の「好き」は、みんなの「好き」とは違うのに。どんなに苦しい思いをしても、実々花に僕の「好き」が伝わることはないと思うと、また心が重くなった〉。ところが、実々花はケイタのことを印象深く認識していて、Twitterもひそかにチェックしていた。自分を応援してくれて、自分のいいところを見つけてくれるケイタのツイートが癒しになっていた。ファンがちょっとした情報からアイドルの心理を想像するように、アイドルの側もファンのことを想像しているんですよね。この構図、ハッとさせられました。

安部:イベントに来てくれる時はすごく楽しそうにされているのに、ふとその人のSNSを見てみたら「仕事がしんどい」と投稿しているのを見た経験があったんです。ファンからアイドル側の心情はあまり見えないですけど、アイドルからファン側の心情もあまり見えない。だから、実々花みたいに幻想を抱いてしまうこともあるんじゃないかな、と。直接的にはほんの数秒の関わりしかないのに、知らない者同士が支えにし合っているって、アイドルとファンは不思議な関係だなと思います。お互いにいいところだけ見せ合っているうちが一番楽しいし、もっと詳しく知りたくなっても、知らないままのほうがいい。そう考えると、踏み込まないのが一番いいんだろうなって思います(笑)。

――ただ……実々花は踏み込みますよね。

安部:ファンと繋がる、ファンに会いに行くって、私自身は本当に高い壁だと感じるんです。でも、リアルでも起こったりすることなので、きっと何かあるんだろうな、と。何があったらその壁を乗り越えることになるのか考えるのは一番難しかったですが、自分はしない経験を書けるという意味ではすごく楽しかったです。

――アイドル活動に関する描写の素晴らしさは無限に挙げられるんですが(笑)、例えばステージに出る前の高揚感やステージ上での幸福感。直前まで実々花はいろいろなことに悩んでいるんですが、全部吹っ飛んじゃうんですよね。逆なのかな、と思ったりしていたんですよ。ライブ前は緊張しちゃうし、不安な気持ちってステージにも出ちゃうものなのかな、と。でも、こっちのほうがリアルだなと考えを改めさせられました。

安部:確かにイメージ的には逆かもしれないんですけど、現実はこっちかな、と。他のメンバーとも「ステージに出たら全部忘れちゃうよね」ってよく話すんです。高揚する感情がクセになっちゃうというか、病みつきになるというか。ライブ前に関しても、みんなめちゃくちゃ緊張するし不安がっていたりもするけれど、たぶんその不安すら楽しいみたいな感覚なのかなと思います。

――世の中的なイメージはこうだけれども逆だった、となる箇所が幾つもあるんです。ディテールだけではなくストーリーにおいても、えっ、そっちに行くんだ、と何度も驚かされました。特にラストの展開は……これ以上は口をつぐみます(笑)。

安部:私もラストはものすごく迷いました。お話的には、別の展開を読んでみたかったという人も多いと思うんです。でも、私が同じ状況だったらどうするかなとか、小説として面白いのはどちらかなではなくて、「実々花だったらどうするかな?」と考えてみたらこうなったんです。これから自分のアイドル人生も続いていく中で、「心の中ではこんなことを思ってるのかな」とか、実々花と自分を重ねて見られてしまうところがあるかもしれない。そういう反応が来るのは当然だろうな、と。でも、実々花は実々花、私は私って、みなさんに感じてもらえるものが書けたんじゃないかと私自身は思っています。

アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナス...
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■悲しさも喜びも一緒に経験することが
アイドルを応援する醍醐味

――「推し」がアイドルとして一生懸命活動しているように、自分も何かに打ち込みたい、自分の命を燃やしたい。ケイタがまさにそうなんですが、アイドルを応援する心情の中には「なりたい」という願望や憧れもある。そこを書いた小説でもある、と思います。

安部:4年間のアイドル活動でいろいろなファンの方と出会ってきた中で、いろんな感情で応援してくださっているんだなぁと身をもって経験してきました。やっていることは同じなのに、人によってこんなに受け取る気持ちが違うんだということは、アイドルになってみなければわからなかったことの一つです。それこそ恋愛感情のような方もいれば、友達みたいに接してくれたり、娘みたいな気持ちで見てくださっている方もいる。そして、自分も頑張ろうって刺激を受ける、と言ってくださる方も多いんです。「若菜ちゃんに出会って頑張れるようになりました」とか「人生変わりました」と言ってもらえたことがあって、嬉しかった。実々花とケイタの関係を通して、ただ恋愛としての「好き」だけではなく、推すことの奥深さみたいなものも書けたらいいなと思っていました。

――作中、チェキやCD、グッズの売れ行きでグループ内の順位を決めるイベントが出てきますが、あんなに辛いイベントはないじゃないですか。アイドルになったこと、アイドルを推すことは、プラスの感情だけでなくマイナスの感情も味わうことになる。でも、それらは日常生活では味わえない体験であるという意味で、エンターテインメントの真髄だなとも思うんです。そういう感覚ってありませんか?

安部:確かに! アイドルを応援しているとただ楽しいだけではなくて、推しメンが落ち込んでいると自分も落ち込んでしまうようなこともある。そこがより引き込まれる魅力なのかな、と。悲しさも喜びも一緒に経験することが、アイドルを応援する醍醐味なのかなと思います。アイドルとして活動することも全く同じで、アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が、プラスにもマイナスにもたくさんありました。思った以上に沼の底が深かったというか、なる前までは本当に一部しか見えていなかった。アイドルとして4年間活動してきたからこそ見えてきたものがあるし、この小説が書けたんだと思うと、頑張ってきてよかったです。読者さんにもぜひ、アイドルの人生を疑似体験してほしいです。

アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナス...
アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナス…

――小説としての完成度の高さにも驚かされました。気が早いんですが、2作目も楽しみにしています。絶対書きたいですよね。絶対書きますよね?

安部:書きたくなりましたね。1年半かけて初めて小説を書いてみて、こんなに大変なんだと思ったんですけど、自分の中でちょっと悔しさみたいなものもあります。1冊目で学んだことを活かして、もっといろんなタイプの小説に挑戦してみたいです。

■プロフィール

アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナス...
アイドルをしていなかったら経験することのなかった感情が プラスにもマイナス…

安部若菜(あべ・わかな)
2001年7月18日生まれ、大阪府出身。NMB48のメンバーで、現役大学生。性格は内向的で、小さい頃は友達が出来ず、本が友達の幼少期を過ごす。毎日図書室に通い、1年で100冊程の小説を読んでいた。特に好きな本は、自分の想像力次第で世界が広がるファンタジー小説で、小学生の頃の愛読書はミヒャエル・エンデの『はてしない物語』。本を読み続ければ、いつか本の世界に入れると本気で信じていた。中学、高校と進学するも、学校に行かなくて済む方法を考えながら日々過ごしていた。アイドルなら学校に行かなくて済むのではないかという考えと、アイドルが好きだった憧れからオーディションを受け、2018年1月、NMB48に合格する。小説、落語、投資と様々なジャンルで積極的に活動の幅を広げており、“100通りの楽しみ方ができるアイドル”として活動中。

■作品紹介

アイドル失格
著者 安部 若菜
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2022年11月18日

NMB48の安部若菜が本気で描く、禁断の「アイドル×オタク」恋愛小説!
僕と彼女は、決して結ばれない運命なのだ– 選ぶのは、恋か、夢か。

冴えない日々を送る大学生のケイタは、4人組アイドルグループ「テトラ」のセンター・実々花の熱烈なオタク。
叶わないと分かりつつも本気で恋をしていた。
一方、高校3年生の実々花は、グループの人気が順調に上がり、熱心に応援してくれるケイタの好意を嬉しく思いながらも、
将来に漠然とした不安を抱えていた。
ある日、実々花は母親との衝突をきっかけに自暴自棄になり、
SNSの情報を頼りに思わずケイタのバイト先へ向かってしまう――。

NМB48の現役アイドルが本気で描く、切なくも希望に溢れた青春小説
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000593/

▼『アイドル失格』特設サイト
https://kadobun.jp/special/abe-wakana/

■『アイドル失格』試し読み

https://kadobun.jp/trial/idolshikkaku/dpcu5wvrry0w.html

KADOKAWA カドブン
2022年11月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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