<書評>『掌に眠る舞台』小川洋子 著

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

掌に眠る舞台

『掌に眠る舞台』

著者
小川 洋子 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718089
発売日
2022/09/05
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『掌に眠る舞台』小川洋子 著

[レビュアー] 吉田伸子(書評家)

◆「演者」たちが織りなす陰影

 見慣れていたはずのものが、ふっ、と変貌するその一瞬を、その光と影を、繊細な手つきで掬(すく)いとってみせてくれる短編集である。キーワードは「舞台」だ。

 金属加工工場の片隅で、工具箱をステージに、一度見て虜(とりこ)になったバレエ「ラ・シルフィード」を、ペンチやスパナで再現する少女。自宅にある全ての食器の底に、テネシー・ウィリアムズの戯曲『ガラスの動物園』のローラの台詞(せりふ)を書き込んでいる“元女優”。

 関係者以外は立ち入ることのできない劇場のエリアに住まう「失敗係」の女性。屋敷の敷地の奥に設けた、小さな劇場の装飾用の役者として、富裕な老人に雇われたコンパニオン。

 こうして登場人物を書き出しただけでも、彼らがそれぞれに織りなす物語の魅力が垣間見える。くるくると変わる万華鏡のような八編の物語は、細部はリアルでありながら、現実とは薄い膜で隔てられたような世界だ。

 舞台というのは、演じる者と見る者、その二つを隔てるものとしてあるのだが、本書の世界では、それは劇場や芝居小屋に限ったことにはしていない。古い公団住宅の一室だったり、劇場の楽屋口だったりする。舞台は、いつでも、どこにでもあるし、誰もがそこに立てるものなのだ。

 どの短編も、淡々と静かに、滑らかに語られているのだが、読み心地はそれぞれに異なる。優しい余韻が残るもの、小さな棘(とげ)のようにちくりとするもの、漆黒の闇に対する畏れのようなもの。それは、幼いころに耳にした、数々の“お話”たちに通じるものでもある。

 同時に、本書は“余地”にも満ちている。読み手である私たちは、本書で描かれた物語の背景や、その先を想像してしまうからだ。「ラ・シルフィード」に夢中になった少女のその後や、「失敗係」の女性の来し方を。それは、彼らの第二幕の舞台でもある。

 物語を読む楽しさ、を存分に味わえるばかりでなく、その余韻をも、長く、じっくりと楽しめる一冊だ。

(集英社・1815円)

1962年生まれ。作家。著書『博士の愛した数式』『ブラフマンの埋葬』など多数。

◆もう1冊

一穂ミチ著『光のとこにいてね』(文芸春秋)。読後、2人の主人公に対する愛(いと)おしさで胸がいっぱいに。

中日新聞 東京新聞
2022年11月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加