作家・早見和真が角川春樹とガチ対談 「人生を賭している、裸の自分をベットしている感じがすごく強くて」

対談・鼎談

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新! 店長がバカすぎて

『新! 店長がバカすぎて』

著者
早見 和真 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414289
発売日
2022/08/31
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特集 早見和真の世界

[文] 角川春樹事務所


角川春樹/早見和真

 2020年に本屋大賞にノミネートされ、累計30万部を突破し、いまだ売れ続けている『店長がバカすぎて』の第2弾が刊行。毎日「マジ、辞めてやる」と思いながら日々奮闘していた京子や山本店長などの〈武蔵野書店〉の面々との日々を描いた本作について、作者の早見和真さんと角川春樹さんが語り合った。ヒット作の続編の作り方、早見作品の魅力、新シリーズに込めた想いとは?

 ***

どのようにしてヒット作の続編を作っていくか!?

早見和真(以下、早見) 『店長がバカすぎて』刊行の折は、僕のたっての希望で対談をお願いしたのですが、やっぱり今回も春樹さんしかいないでしょと。再びわがままを聞いていただきました。というのも、あれからの三年間、春樹さんにはほとんど会っていないんですよ。

角川春樹(以下、角川) そうだね。話す機会がなかったね。

早見 編集部に伺うことはあっても、あえて顔を合わさないようにもしていたし。それは今日この日のためです。直接感想を聞きたかったし、尋ねたいこともいろいろあるんです。

角川 そうだったか(笑)。まずは『新!店長がバカすぎて』だね。驚くほど多くのコメントが寄せられているが、それが一つの答えでもあると思う。その中に「ヒット作の続編は蛇足だと思っていた」という一文があった。その通りでね。パート1に込められた熱を、それに続く2や3は内包できないことが多い。つまり、面白い本であればあるほどその続編は難しいということであり、これが作家がパート2を書かない明確な理由でもある。ましてや、早見の場合は毎回毎回違った球を投げるわけだから、今回は相当厳しいハンディを背負って書いたのだと思っている。

早見 まさにそこにぶち当たりました。しかも、初めてでしたから、シリーズの二作目を書くのは。読者でしかなかったそれまでの僕は、シリーズを書かれている方って手練手管でポンポンとやっているように見えていたんです。一から世界を構築する必要もないし、きっと簡単に書けるんだろうと。いやいやいや。とんでもない思い違いでした。

角川 パート2を書いてくれというのは、私の希望だった。難しいがゆえに、それは作家にとっての必然的なテーマでもあるからだ。おそらくは、その意味も汲み取りながらの作品だったろうから、通常の新作を書く以上にプレッシャーもあったと思う。

早見 はい。前回はコメディを意識して書いたので、今回は思いっきりハードボイルドにしてやろうか、それとも密室殺人かとか、自分が作った『店長』の世界をぶち壊しに行くことも当初は考えたんです、怖かったから。でも、それは逃げだなと。越えるべきハードルが明確にあるのなら、そこにちゃんと挑まなければいけないなと。

角川 自分で築いた壁はより高かったはずだ。しかし、見事にハードルを越えたよ。前作よりも熱を込めた書店員への愛、本に対する愛が語られているし、ユーモアもある。それがきちんと伝わってくるよ。

早見 笑いという意味では、前回を上回ることができていないのかもしれないと思っています。僕自身、そこまで強く意識しないようにもしました。『店長』が文庫化される際にゲラを読み返していたら、言葉遊びで笑わせたり、ある種の小ネタで笑いを取りに行っているなという感覚があったんです。でもそれは十年後にも通じる笑いではないなと。だったら、あまり囚われなくてもいいのかなと思ったので。

角川 小説の中で狙い通りに笑わせるというのは難しいからね。

早見 前作は連作短編であることの意識が強く、今回は長編を書くというイメージがずっとあったんです。

角川 確かに今回も形としては連作短編になっているが、そうとは感じなかった。今の話で納得したね。

早見 読み物として、山本店長が帰ってきたとワクワクしてもらえるように。まずそこに意識を向けました。というか、ぐちゃぐちゃ頭でこねくり回すより、今回は純粋に物語を楽しんでもらいたいという気持ちが大きかったんです。猫も杓子も生きることを苦しがっているこの時代において、本ぐらい楽しんで読んでくださいと。

角川 山本店長は相変わらず面白いね。周囲の空気はまったく読めないのに、作家の正体を誰よりも早く見破った、名前のアナグラムで。まったく不思議な存在だよ。

早見 その作家の名前に関しては単行本にするにあたって手を加えました。プルーフで読んでくださった方もいると思いますが、アナグラムの解き方がちょっとわかりやすくなっているんです。でも単行本ではその部分を隠したので、これから読んでくださる方はぜひ楽しんでほしいなと。まぁ、ネタバレを恐れるような話ではないですけど。

角川 俺はゲラで読んだんだけど、それでも気づけなかったよ(笑)。

早見 僕はこうして春樹さんとお話できるのが本当に楽しいんです。初めてお会いした時から、それは変わりません。

角川 作家同士じゃないから、それがいいのかな。


早見和真

作家・早見和真の成長の軌跡

早見 編集者の立場で率直に意見もしてくれる。だから今日も聞きます。春樹さん、僕はちゃんと実力がついてますか?

角川 そうきたか(笑)。早見が変わったのは『イノセント・デイズ』を書いてからだと思っている。そして、さらに変わるきっかけとなったのが『店長がバカすぎて』だ。

早見 僕は『イノセント・デイズ』がエポックメイキングだったという自覚はないんです。デビューしてからずっと、少しでもうまくなりたい、少しでも面白がられるものを書きたいと思いながらやってきて、その経由地にすぎないという感覚だから。でも、久しぶりに会った春樹さんにそう評価していただけると、なぜだかすっと胸に落ちるところがあります。

角川 早見の作品はすべて読ませてもらっているが、最近では『ザ・ロイヤルファミリー』が面白かった。まったく勝てずに種馬になるしかないと思われていた馬が、素晴らしい戦績を残していることを最後に知る。あのたった1ページですべてをひっくり返した。あれは見事だったな。『八月の母』も同じだね、最後にドンデン返しで。私はね、『店長がバカすぎて』を書いたことによって、こうした作品があると思っている。

早見 僕も『店長がバカすぎて』がなかったら、『八月の母』は書けていなかったと思います。というのは、女性視点で書くほうが得意だということに『店長』で気づいたんです。

角川 なるほど。

早見 小説って、没頭しながらも、どれだけ俯瞰できるかじゃないですか。

角川 早見は元々冷めてるタイプだと思っているけどね。

早見 だけど、例えば『ひゃくはち』なんて主人公は僕そのものです。無我夢中でそうとしか書けなかった。同じく男性が主人公の『笑うマトリョーシカ』や『ザ・ロイヤルファミリー』では俯瞰しよう、冷静になろうとするんですけど、それは意図してやってることなんです。でも『店長』は、意図せずとも俯瞰して見ていられた。主人公が女性であることが大きな理由だと思うんです。男の目で女性を見るという自然な行為として谷原京子を書いていた。その感覚を『店長』でつかめた気がするんですよね。

角川 私が感じた変化の一つもそこだ。『店長』をきっかけにして目線がチェンジした。作者としての目線が確立されたというべきかな。

早見 そうですね。自覚的に視点を手に入れたという感覚が近いかもしれません。


角川春樹

角川 もう一つが、読み手の存在というものをより意識するようになったのではないかと思っている。本の最終ターゲットは読者だ。そこでどう受け取られるかが大事なんだ。そういう意味でも作品の水準が上がったね。視点ということでは私も学ばせてもらったよ。『ザ・ロイヤルファミリー』を読んでから、馬主というのは主人公になりうるんだなぁと改めて思ってね。競馬の本も何冊も読んでいるよ。

早見 じゃあ、今度一緒に競馬場に行きましょう。

角川 いや、馬券には興味ないんだよ。当たってしまうから。

早見 引き……という言い方をしていいかわかりませんが、強いですもんね。

角川 そう。読みが当たる。そんなことで成立してしまうのが怖い。つまり、運が落ちてしまうことを恐れているわけだ。その運は編集者として使いたい。作家を見出し、育てることは賭けみたいなところもあるからね。

早見 僕は元々ギャンブル好きだったんですけど、二〇〇八年にデビューして以降、どんなギャンブルをやっても面白くなくなってしまったんです。本を出すということに勝るギャンブルがないから。

角川 そう、そうなんだよ。

早見 人生を賭している、裸の自分をベットしている感じがすごく強くて、そこで味わえるヒリヒリとした感じ。あのヒリつき感はどんなギャンブルにも代え難い。でも、だいたいこのギャンブルは負けるんです。想定していたよりも、ほぼ売れないので。だから、『店長』が売れたと言われても何か手応えがあったわけでもなくて。実際どうなんですか? 春樹さんの思っていた通りなのか、それとも……。

角川 思っていた以上の結果だよ。文庫になっても売れ続けているし、今回パート2が出たことで、さらに売り上げが伸びている。『新!店長』もすでに重版が掛かっているが、そもそも最初から注文数が違った。多いんだよ。

早見 以前、自分が売れると見込んだものは9割が成功するとおっしゃったじゃないですか。今回の見立てはどうですか?

角川 うん、自信があるよ。

早見 この山本店長はまだ成長していく気配を感じますか? 版元の社長としてではなく、編集者としての意見を伺いたいです。

角川 次にみんなが期待するとすれば、それは谷原京子が吉祥寺店の店長になるかどうかだと思う。実際、パート3に繋がる伏線もあったし、私はエンディングに出てきた猫娘に興味津々なんだけれど(笑)。山本店長に関しては「新店長がバカ過ぎる」を書いているところが気になるね。ここがどうなるのか。

早見 ということは、成長の余地はあると。

角川 あるね。

早見 売れたからという理由だけで、惰性で続けるつもりはないんです。だけど、シリーズを書いていくという挑戦は続けていきたい。実は「さらば!店長がバカすぎて」を書きたいという思いがあります。これは涙を流せるような作りにしたいなと。それをランティエでやらせてもらって本にして。で、その裏で「帰ってきた!店長がバカすぎて」を書き下ろしで準備しておいて、三か月後くらいに刊行すると。

角川 やれるか、そんなことが? 実際にやれるのなら、面白いけどねぇ。

早見 ……ですよねぇ(笑)。

構成=石井美由貴 写真=島袋智子 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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