異文化に身を投じ個性豊かな仲間の声に耳を澄ます

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異文化に身を投じ個性豊かな仲間の声に耳を澄ます

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 白尾悠『サード・キッチン』は、著者の留学体験をベースにした長篇だ。生き生きとした学生生活の描写のなかに、重要なテーマが詰まっている。

 1998年、アメリカのリベラルアーツ・カレッジに留学した加藤尚美。英語に苦心し孤独を感じていた折、彼女はマイノリティの学生が運営する食堂〈サード・キッチン〉の存在を知り参加。さまざまなルーツ、アイデンティティ、経済的事情を抱える学生たちとの交流が始まる。日頃から料理をしていた彼女は、その包丁さばきを驚かれ、“料理の鉄人”として受け入れられていくのだが……。

 個性豊かな仲間たちが被る差別問題に直面する一方、〈サード・キッチン〉が「逆差別だ」と糾弾される事件も発生。絶対的な正解が見えないなか、尚美も自分の無意識の偏見や差別、不勉強に気づく。傍観者的な立場から異文化を眺めるのではなく、自分に関わる問題だと認識して勇気を出していく尚美に、読み手も感情移入するはずだ。

 自分が育ったそれとはまた別の文化・社会に身を投じ、内省しながら目の前の人の声に耳を澄ます姿は、上橋菜穂子のノンフィクション『隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民』(ちくま文庫)にも感じられる。作家であり文化人類学者である著者は、大学院生だった1990年から10年間、オーストラリア西部の町を訪れ、アボリジニの家族たちを調査する。彼女が接したのは伝統的な生活を送る人々ではなく、町で白人の隣人として生活する人々。ステレオタイプの民族イメージに対する誤解や偏見を解きつつも、本書で書く内容が過度に一般化、固定化される恐れに言及するところに、著者の真摯さが感じられる。

 他者の声に耳を澄ます達人といえば翻訳家の藤本和子だ。1994年に単行本が刊行され、今年ようやく文庫化された『イリノイ遠景近景』(ちくま文庫)は、アメリカに暮らす著者が近所のドーナツ屋、YMCAのジャグジー、ホームレスシェルターなどで耳にした人々の肉声を書き留めてゆく。名エッセイである。

新潮社 週刊新潮
2022年12月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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