妻子を人質に、闇討ちを強要された「鉄砲の名人」の運命とは? 井原忠政が描いた、新シリーズの魅力

レビュー

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人撃ち稼業

『人撃ち稼業』

著者
井原 忠政 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758445146
発売日
2022/10/14
価格
704円(税込)

書籍情報:openBD

特集 井原忠政の世界。ワクワクする面白さ。人気シリーズになるのは間違いなし

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

井原忠政による、歴史時代小説『人撃ち稼業』が刊行。妻子を人質に取られ、闇討ちを強要された熊獲り名人を描いた本作の読みどころを、文芸評論家の細谷正充さんが語る。鉄砲のスペシャリストである主人公の行方やいかに。

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 種子島への伝来を機に、鉄砲が日本に広まった。織田信長を筆頭とする戦国武将たちは、競うかのように鉄砲を買い集め、時に戦の行方を決定するほどの力を持った。しかし江戸時代になると鉄砲は、幕府により製造や使用を厳しく制限されることになる。強力な武器を、為政者が恐れたからであろう。この流れは幕末まで続くことになる。

 したがって江戸時代を舞台にした作品で、鉄砲がクローズアップされることは少ない。八代将軍の座を巡る尾張と紀州の暗闘を背景に、雑賀党復興を目指す鉄砲名人が徳川吉宗を暗殺しようとする、南原幹雄の『暗殺者の神話』など、幾つかの作品を数えるのみである。

 だが、江戸時代にも日常的に鉄砲を使用していた人々がいた。鉄砲猟師だ。山に入り鉄砲で動物を仕留めて生活をしている彼らは、江戸時代では例外というべき、鉄砲のスペシャリストなのである。その鉄砲猟師を主人公にした時代エンターテインメントの新シリーズを、井原忠政が開始した。かつて経塚丸雄名義で『維新の羆撃ち』(文庫化に際して『羆撃ちのサムライ』と改題。作者名も井原忠政と改めた)を出版した作家である。ファンならば鉄砲に詳しいことを承知しているだろう。しかも本のタイトルが『人撃ち稼業』だ。どんな鉄砲アクションが繰り広げられるのかと、ワクワクしてしまうではないか!

 いきなり男が武士に殺される、不穏な場面を序章として、物語の幕は上がる。時代は天保十二年。丹沢で一人猟師をしている玄蔵のもとに、多羅尾官兵衛という武士が訪ねてきた。どうやら熊獲り名人として知られる玄蔵に仕事を頼みたいらしい。不穏な空気を感じて断ろうとする玄蔵。しかし彼には弱みがあった。恋女房の希和が切支丹なのだ。また、猟で使用しているゲベール銃も禁制品である。官兵衛に希和のことを言われ、しぶしぶ江戸に向かう玄蔵。希和と二人の子供たちも、彼とは別に江戸に連れていかれた。

 官兵衛の身分が御公儀徒目付で、上役が幕府目付の鳥居耀蔵であるなど、しだいにいろいろなことが分かってくる。どうやら耀蔵の命により“悪人”を撃たねばならないらしい。耀蔵に反抗的な態度を取ったため、えげつない吟味(試験)を命じられるも、玄蔵はこれをクリアした。身の回りの世話をする美女の千代や、官兵衛が引き合わせた是枝良庵や千波開源たちと共に、計画を練り始める玄蔵。だが撃つべき悪人は予想外に多く、玄蔵の心は揺れるのだった。

 先にも述べたように、作者は鉄砲に詳しい。その知識が物語の随所に盛り込まれている。玄蔵が鉄砲の弾を自作する場面で、同じ匁数でも一挺一挺の口径が微妙に違い、「鉄砲鍛冶は製品を納めるとき、その鉄砲に合った鋳型―弾丸を作るための道具―を付けて渡したものだ」と書いてある。まったく知らなかったので、なるほどそうかと感心した。このような描写が山のようにあるのだ。神は細部に宿るというが、小説も同様である。詳細な鉄砲関係の描写が物語にリアリティを与え、さらに鉄砲名人である玄蔵のキャラクターを魅力的なものにしていくのだ。

 なお、鳥居耀蔵の役高を聞いた玄蔵が年収を計算して、たいしたことはないと思ったり、官兵衛が金に細かいなど、金銭に関する話題が、ちょくちょく出てくるのも、本書の特徴のひとつとなっているのだ。作者には「旗本金融道」というシリーズもあり、物価や経済にも深い関心を寄せている。ここも井原作品を読む楽しみといえるだろう。

 一方、ストーリー展開も見逃せない。妻子を人質に取られた玄蔵が、江戸に行くまでをじっくり書いた作者だが、耀蔵を登場させることで、一気に物語のギアを上げる。本書の耀蔵は幕府目付だが、その後、南町奉行になり、庶民から名前をもじった「妖怪」と呼ばれ、蛇蝎のごとく嫌われることになる。それを踏まえて歴史時代小説でも、悪役にされることが多い。本書の耀蔵も悪役寄りだが、玄蔵に対する吟味で、強烈な存在感を発揮する。最大の悪役は耀蔵ではないのかと思うほどの、外道の所業を見せつけてくれるのだ。耀蔵を活用し、主人公を追い詰める作者の手腕が鮮やかである。

 さらに狙撃計画の仲間が集結すると、『ミッション:インポッシブル』のような、プロフェッショナル・チーム物の空気が強まる。狙撃計画のための鉄砲の選択と入手(個人的に興味を抱いている、国産空気銃第一号の気砲が出てきたので喜んだ)の方法も、的確に描かれている。こうした場面の積み重ねが、どんどんストーリーを盛り上げていくのだ。

 そして玄蔵が初めて人を撃つことになるのだが、ここでも一波乱があった。しかも最後まで読んで分かったが、本書はプロローグに過ぎない。それなのにこれほど面白いとは! だから続きが気になる。はたして玄蔵の妻子の運命はいかに。玄蔵と千代の関係は進展するのか。先の将軍だった徳川家斉の薨去が、どういう影響をもたらすのか。第三章に登場した好奇心旺盛な南町奉行所定町廻方同心・本多圭吾は、玄蔵たちとどう絡むのか。次巻への期待は高まるばかりだ。現在、作者は戦国時代を舞台にした「三河雑兵心得」シリーズで評判を獲得しているが、そちらと人気を二分するシリーズになる。本書を読んで、このことを確信したのである。

協力:角川春樹事務所

Book Bang編集部
2022年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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