『流星シネマ』の続編で表現したかったこととは? 人気作家・吉田篤弘が自作を語る

エッセイ

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屋根裏のチェリー

『屋根裏のチェリー』

著者
吉田 篤弘 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758445214
発売日
2022/10/14
価格
880円(税込)

書籍情報:openBD

小特集 吉田篤弘『屋根裏のチェリー』刊行記念

[レビュアー] 吉田篤弘(作家)

吉田篤弘の長篇小説『屋根裏のチェリー』の文庫が刊行。『流星シネマ』と響きあう物語について、作者の吉田さんが語る。

 ***

『屋根裏のチェリー』は、『流星シネマ』の続篇として書いたものです。ですから、出来ましたら、『流星シネマ』を先にお読みになってから、本作を開いていただいた方がよいかと思います。

 ただ、単独でも読めるように書いたつもりなので、独立した一作として、お読みいただくことも出来るかと思います。

 『流星シネマ』(以下、略して『流星』)は、本書にも登場する太郎が主人公で、本作の主人公であるサユリは、ほんの脇役として登場しています。すなわち、『流星』は太郎の物語で、『屋根裏のチェリー』(以下、略して『チェリー』)はサユリの物語なのですが、どちらも一人称で書いているので、共通する場面はあっても、視点が異なっています。

 太郎が目にしたものをサユリも見ていて、二人はいくつかの経験を共有していますが、胸のうちに湧き起こる思いはそれぞれです。同じ経験をしていても、それに対してどう考えているかを、二人の主人公はお互いに知りません。

 物語が進んでいく時間にも相違があり、サユリの物語は最初のうち、太郎の物語と並走していますが、途中から、太郎の物語を追い抜いて、その先の時間までつづいています。

『流星』で語られなかったことが、『チェリー』で語られ、『チェリー』で判然としなかったことが、『流星』で説かれています。

 つまり、この二冊は、連なった作品ではあるけれど、それぞれがお互いの物語を知り尽くしてはいないのです。

 これはしかし、実際の人間関係においても同じかもしれません。

 われわれは、友人や恋人や家族のことを、「知り尽くしている」とは、なかなか言えません。

 しかし、あるときふと、通じ合う瞬間が訪れることがあります。お互いが、お互いの欠落を補完し合うように結びつき、言葉を尽くさなくても、急に分かり合えるときがくる――。

 物語には、そうしたことが、しばしば起こります。

 物語において起きるのであれば実際の人間の営みにおいても、起こり得るのではないでしょうか。

 そんなふうに、響き合ったり、つながったりしていくことが、人が生きていく上で、最も喜ばしい結実であるように思います。

 何をいまさら言っているのかと思われるかもしれませんが、だから自分は、物語を書いたり読んだりしたいのだと、『チェリー』を書いているあいだ、たびたび、そんなことを考えていました。

 さて、太郎の物語とサユリの物語が響き合うことで、このふたつの物語は完結なのかというと、そうではありません。

 物語には─そして、人生には─往々にして、三人目があらわれるものです。

「第三の男」という、いにしえの映画もありました。

 太郎とサユリの物語にも、「第三の男」は存在し、彼─ソガという名前です─を主人公としたソガの語る物語があり、これはごく近いうちに、単行本としてお読みいただけるかと思います。

 タイトルは、『鯨オーケストラ』。

『流星』『チェリー』につづく、三つ目の物語です。

 三つが共鳴することで、より大きな物語が、交響曲のように立ち上がらないものか─そうであってほしいと願っています。

 このソガの物語は、やはり、太郎やサユリの物語が描かれた時間から、さらに先へと進んでいきます。太郎もサユリも知らなかったことが、「第三の男」によって語られるのです──。

 話を『チェリー』に戻しましょう。

 本作に登場するチェリーという女の子は、いったい、何者なのかという話です。

 これは、あくまでも作者の考えるところで、解釈は限りなく自由ではありますが、ひとことで言いますと、チェリーは漫才におけるボケとツッコミの「ツッコミ」を担っているのです。

 本作は、先に書いたとおりサユリの一人称で、しかも彼女は部屋にとじこもり気味で、他者との交流に消極的です。となると、その語りは、延々、彼女の独り語り──独白となり、会話や対話といったものが見られなくなります。とかく、独白はひとりよがりになりがちで、自分の思いや意見を一方的に語るだけになってしまうものです。

 それは、どうもいただけません。

 自分の考えが正しいと信じていても、一度は、自ではない誰かの考えと照らし合わせてみるべきです。あえて、意見を戦わせ、そうすることで、より強度を持った考えを見つけられるように思います。

 それゆえ、独白にはツッコミが必須で、しかも、このいささか閉じられた物語には、いきいきとチャーミングなツッコミを繰り出してくれる女の子が必要でした。

 おそらく、一人で生きていくことは特別なことではありません。というより、人は、まずしっかり一人で生きて、「一人」が板についてきたところで、初めて「二人」の楽しさや喜びを見いだせるのでしょう。

 とはいえ、一人はつまらないし、さみしいし、独断と偏見に満ちています。だから、ツッコミが必要です。

 では、どんなツッコミを相手に、一人の時間を過ごせばいいのか。

 そして、そうした時間の先に、どんな風景が見えてくるのか。

『屋根裏のチェリー』は、誰よりも作者である自分がその風景を見たくて書いたのです。

(二〇二二年  風が吹いている夜に(『屋根裏のチェリー』「文庫版あとがき」より)

協力:角川春樹事務所

Book Bang編集部
2022年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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