小説を書き始めて37年……ケータイ小説家を経て、作家デビューした55歳女性が語った、たゆみない歩み

対談・鼎談

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写楽女

『写楽女』

著者
森 明日香 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414319
発売日
2022/10/14
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

対談・森明日香×吉野仁

[文] 角川春樹事務所

第14回角川春樹小説賞を受賞した『写楽女』。謎の絵師・写楽の版画制作に関わることになった女性を中心に、華やかに花開いていく寛政の文化を描いた森明日香さんに、デビューまでの道のりと作品に込めた想いを聞いた。

 ***

――第14回角川春樹小説賞受賞おめでとうございます。『写楽女』は、蔦屋重三郎の耕書堂で働くお駒をヒロインにした時代小説ですね。

森明日香(以下、森) 五十代になってから葛飾北斎をはじめとする江戸の絵師に興味を持ったんですね。いろいろ調べているうちに、ある日、「女が一人、工房にいた」という一文が頭に浮かびました。そのあと、ゆらゆらっとお駒の姿がたちあがったんです。この一文は帯にも載せていただきました。

 写楽をはじめとする絵師ばかりの話では、女性の読者から共感を得られないのでは、と思って、ふつうの生活を夢見る女性を書いたんです。ほんとうは女性の絵師を描きたかったんですが、当時はまったくいないんですね。北斎の娘の応為さんくらいしか。でも、すでに朝井まかてさんが『眩』でお書きになっているから、これは無理だなと。

――はじめから写楽ありき、ではなかったんですね。

森 もともと北斎にとても興味があったんです。北斎の代表作はほとんど七十を過ぎてから描いたもので、天才だと言われていますが、それは四十年、五十年くらい歳月をかけて才能を磨いていったんじゃないかと思ったんです。北斎は最初から天才だったんじゃない。そういうことでは、むしろ写楽こそ天才だなと思いまして。写楽はなにも考えずにぽっと描いたものが、蔦屋重三郎の目にとまり、売れていったわけで、そばにいた北斎はかなり悔しがったのではないかと思いました。その対比として写楽と北斎を書くのは面白いなと思ったのがきっかけです。

――写楽は謎の多い人物ですが、そのあたりは書くのに苦労しましたか?

森 とにかく時代考証がいちばん辛かったですね。写楽は能役者、つまり武家の士分なんですが、わたしにとって苦手なジャンルで。言葉ひとつひとつが難しかったんです。

――写楽の正体に関しては、現在の通説をもとに書いていった感じなんでしょうか?

森 はい、内田千鶴子さんの文献をいちばん参考にしました。そのうちの一冊に、内田千鶴子さんの義理のお父さまが写楽の栄華を書きたかったけれども出来なかったという話のなか、「写楽に寄りそってくれた女性がいたらよかったのに」という指摘がありまして、わたしもなんとなく写楽は女性が苦手な人だったんじゃないかなと思ったんですね。

――そうした写楽像を形づくりながら、物語をこしらえていったわけですね。

森 写楽の絵をいろいろと見ているうちに、この人はかなり恥ずかしがり屋の人ではないかなと思ったんです。なんとなく寂しがり屋で。もしかしたら女性に対する苦手意識があって、でも、そういう人が恋をしたらかなり一途になるんじゃないかなと。実際に写楽の正体といわれる斎藤十郎兵衛の子どもはいたようなんですが、奥さんに関する記録はいまのところ残ってないらしい。ということはもしかしたら子どもは養子で奥さんはいなかったのかなと思って。

 でもそんな写楽にも、もしかすると忘れられない恋がひとつでもあったかもしれない、という考えが浮かんだんです。

――では、お駒さんを書くうえでイメージした女性像のようなものはあるんですか?

森 お駒さんは、いままで出会ってきたすべての女性といってもいいですかね。わたし、ケータイ小説を十年書いておりまして、それでいろいろ女性の読者の反応なんかを見てきましたが、けっこうふつうの幸せな家庭を求める方って多いんですね。それで、お駒もそういう古典的な感じの女性にしました。

――森さんが時代小説を書きはじめたのは、どういう経緯なんですか?

森 じつはもともと時代小説は苦手で、なぜかというと戦とか政とか血なまぐさいのでね。ただ、中学生のときに読んだんですけど芥川龍之介の「偸盗」だけは別でした。平安時代の盗賊の話で、そのなかに一途に侍を思う女性が出てきまして、それが気に入って、唯一、芥川龍之介だけは読んできましたが、とくに時代小説のジャンルは手を出さずにいたんです。

 ところが、四十歳になる年に宮部みゆきさんの『かまいたち』を読み、こんなに面白い物があるんだってびっくりしました。以来、宮部さんの推理小説だけでなく時代小説もぜんぶ読むようになって。でも自分に書けるとは思ってなかったんで、実際に時代小説を書き始めたのは四十代半ばですね。

――二〇一七年に「お稽古日和」で湯河原文学賞を受賞しています。

森 そうなんです。五十歳のとき、湯河原文学賞をいただきました。この年に木内昇さんの『新選組 幕末の青嵐』と『櫛挽道守』というふたつの長編を読んで感銘を受け、自分も恐る恐る長いものにも着手したんです。

――ほかに好きな作家はいますか?

森 時代小説を書く上でもっとも影響を受けたのは、さきほども述べた芥川龍之介と、あと藤沢周平さんなんです。

『写楽女』を書くときいちばん参考になったのが、藤沢周平さんの『喜多川歌麿女絵草紙』なんですね。歌麿が主役なんですけど、馬琴や北斎も出てくる。とくに蔦屋重三郎が写楽を秘匿する描写がとても参考になりました。ああ、なるほど、写楽をミステリーにしたまま書いてもいいんだと思いました。

 藤沢周平さんのファン歴はまだ浅く、たった二年なんですが、一年半かけて、長編三十二冊、短編集二十八冊、そのほかエッセイや評伝など、たぶんぜんぶ読んだと思います。

――高田郁さんもお好きだとか。

森 じつは「みをつくし料理帖」のまえに『出世花』を読んでいて好きになりました。そのあと角川春樹事務所から出た『蓮花の契り 出世花』はもっと好きです。お会いしたこともないのにわたしが言うのはおこがましいんですが、高田郁さんは人間観察力がすぐれた方ではないかなと思います。きれいごとではすまさないところを描くあたりが、人間のいろんなところを見てきた方だなと。

――森さんは、かなり若いころから小説を書いてこられたんですね。

森 高校時代文芸部に入っていまして、当時は大正文学と推理小説が大好きだったんです。それで高校三年の秋に、「福島県文学賞」青少年の部で入賞しまして。大学時代は一般の部に送ったりしてました。当時は、どこになにを送っていいかわからなくて、「詩とメルヘン」とかそういう雑誌に送ったり。そのうち恋愛して結婚して子どもを産んだあと、「公募ガイド」を知って送りはじめたのは、三十三歳のときでした。

――それから投稿生活がはじまった。

森 二〇〇一年からずっとですね。「NHK銀の雫文芸賞」という短編賞で最終選考に残りまして、「あら、いけるかしら」と思って、翌年、「オール讀物新人賞」で一次予選通過しましたが、そのあとぜんぜんダメ。二〇〇四年に「盲導犬サーブ記念文学賞」大賞、二〇〇八年に「ジャイブ小説大賞」奨励賞をいただいたことがありましたけど。二〇一〇年にケータイ小説の賞に入ったのをきっかけに、現在もお世話になっている配信会社のネットワーク出版さんとご縁が出来て、十年つづいてます。
 わたしは二〇〇一年に「NHK銀の雫文芸賞」で最終に残ってから二〇一〇年にケータイ小説を出すまでに、九千枚書いたんですね。でも一万枚に足りなかった。一万枚を書かないと一人前じゃないというのをなにかで聞いたことがあって。でも、それから十年以上すぎて、二万二千枚をこえました。

――それだけの積み重ねがあったから今回の受賞につながったんですね。さらに受賞後一作目となる次の長編も愉しみです。

森 まだどうなるかわかりませんが、絵師見習いが登場して、恋愛をからめた話になると思います。

構成・吉野仁

Book Bang編集部
2022年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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