シリーズ最終作! 日本SFの新時代を創る6作家によるアンソロジー『Genesis』第5巻は忘れられない作品に
レビュー
『Genesis この光が落ちないように』
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[本の森 SF・ファンタジー]『Genesis この光が落ちないように』
[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
ベテランから新鋭まで多彩な書き手を揃えた東京創元社の書き下ろしSF短編集「Genesis」シリーズ。これまで4冊が刊行されており、愛らしい装幀も魅力だったが、今年の第5弾『Genesis この光が落ちないように』で最後になるのだそうだ。
今回もSFというジャンルの果てしなさを感じさせてくれる作品ばかり。佛理学の力で飛ぶ巨大な九重塔・法勝寺が、宇宙僧を乗せて四十九日の旅に出る(!)という「天駆せよ法勝寺」で第九回創元SF短編賞を受賞した八島游舷の「応信せよ尊勝寺」は、長編版として執筆が進んでいる「法勝寺」の冒頭部となるエピソード。寺に預けられ修行生活を送る孤児が、住職の息子に目の敵にされて……という出だしからは想像もつかない、壮大なある実験の顛末が描かれる。
宮澤伊織の「ときときチャンネル#3【家の外なくしてみた】」はにぎやかな動画配信SF。〈ごく平凡な一般社会人〉だと自己紹介する十時さくらが、同居人の天才科学者・多田羅未貴の発明を披露するというコンセプトのチャンネル、今回のテーマは「人物の背景を自動的にモザイク処理するスクランブラー」なのだが、そのスクランブラーを付けたカメラを携え、玄関を開けてみたらなんと――。カメラに映った画がイラストになっていて滅法楽しい。
このアンソロジーのタイトルでもある菊石まれほの「この光が落ちないように」は、地下世界で光る液体を出す花を育てている主人公が、自分の「正体」を知らされる残酷で美しい物語。土星の衛星タイタンの上空で電波を観測する宇宙通信技師のある経験を綴った、水見稜「星から来た宴」は、音楽の力をユニークな形で描き出していて読後明るい気持ちになる。
せつなかったのは、空木春宵「さよならも言えない」。46歳のミドリは、ひとりひとりに適切な服を提案・提供する装置と、装いを採点するスコアの二つがデフォルトとなった社会システムを司る「服飾局」に勤務している。優秀な仕事人である彼女の日常を変えたのは、一ケタのスコアで堂々とクラブに来ていた十代と思しき女子。自分で作った服を着ていると言う彼女とミドリとの間に、奇妙な友情が生まれようとしていたが――。
ラストは、つらい。でもそのつらさは、書き手の誠実さがあらわれた余韻でもある。
掉尾を飾る笹原千波の「風になるにはまだ」がもたらす余韻もまた、すばらしかった。肉体を捨てて情報人格になる、すなわち「デジタル移民」になることを選択した元デザイナーが、かつての自分と似た背格好の女性の体を借りて友人の集まりに出席する。借りる側、借りられる側、一期一会のふたりが得る感覚の表現が切実な実感を伴って読者に伝わる。交わされる会話に漂う気遣いと思いやりが温かい。忘れられない作品になりそうだ。