<書評>『ひとり遊びぞ我はまされる』川本三郎 著

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ひとり遊びぞ我はまされる

『ひとり遊びぞ我はまされる』

著者
川本 三郎 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784582839081
発売日
2022/09/24
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『ひとり遊びぞ我はまされる』川本三郎 著

[レビュアー] 太田和彦(作家)

◆小さな町の文化の厚み

 著者はあまり有名でない地方へのひとり旅を好む。

 例えば山形県長井。鉄道好きでもあって乗り換えを楽しみ、木造駅舎を観察して歩き始め、この町が明治大正、昭和モダンの“長寿建築”が多いことを知ってゆく。

 「町全体が博物館のよう。歩いていてわくわくしてくる」

 昭和八年築の旧長井小学校の校長先生が建てた石碑が十八世紀イギリスの詩人、トマス・グレイの言葉と知り、町の文化の厚みを知る。

 お昼は九十歳の老母連れ中年夫婦と相席の食堂で、さっぱり味の山形ラーメンを。

 江戸期から続く呉服商の庭先を抜けた場所にひっそりある「長沼孝三彫塑館」の作家は、上野駅東口に立っていた、終戦後の浮浪児と母親を慰藉(いしゃ)した像の作者であると知り感慨をわかす。

 このように山形県寒河江、福島県富岡など次々に好きな町を作ってゆく。私の故郷、長野県松本では古書店に入り「さすが教育県の町、いい本が揃(そろ)っている」と書いてくれてうれしい。

 一方夕方の仕舞酒も大切。著者の好みは居酒屋ヒョーロン家が得意げに書くようなグルメ店ではなく、その町になじんだ大衆食堂。函館駅近くの「津軽屋食堂」は私もひいきなのでにこにこ。

 コロナ禍で旅がままならなければ、近所の緑道を歩いて寺社の由来や掃苔(そうたい)をこころみ、ライフワークとする永井荷風の足跡を綿密にたどる。

 雑誌『東京人』の長期連載の四冊めになる近年四年を収めたこの巻は、ここ数年通い続ける台湾紀行が面白い。戦前日本統治下の面影を残す地を、親しくなった台湾の友人らと巡る日々は、奥さまを亡くされた独り身を嘆く著者の心のはずみがあり温かい。私も台湾に行きたい。

 旅紀行はいくつもあるが、これほど小さな初めての町、身近な地を精密に歩き、ゆかりの人物や文学、美術、映画を跡付け、豊かな感興にひたれる著作はないだろう。まさに川本版『断腸亭日乗』は不滅の書となりつつある。末尾でふれるクラシック演奏会に通う感想もうらやましい。

(平凡社・2420円)

1944年生まれ。評論家。著書『大正幻影』『荷風と東京』など多数。

◆もう1冊 

川本三郎著『台湾、ローカル線、そして荷風』(平凡社)

中日新聞 東京新聞
2022年11月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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