裁判官による被告人質問が事件の真相に迫る どんでん返しの新女王・矢樹純による法廷ミステリー

レビュー

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不知火判事の比類なき被告人質問

『不知火判事の比類なき被告人質問』

著者
矢樹, 純, 1976-
出版社
双葉社
ISBN
9784575245714
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

結審直前にえん罪が発覚──変人裁判官のひとつの質問で、法廷がどよめく。前代未聞の逆転裁判ミステリー『不知火判事の比類なき被告人質問』矢樹純

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

『夫の骨』(日本推理作家協会賞受賞)で大ブレイクした“どんでん返しの新女王”による連作法廷ミステリーが発売された。30代無職の娘がシングルマザーの母親を絞殺。娘は犯行を認めおり何事もなく結審すると思われたが、左陪席の不知火裁判官による1つの質問で、衝撃的な逆転劇が──

「小説推理」2022年12月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『不知火判事の比類なき被告人質問』の読みどころをご紹介します。

 ***

不知火判事の「他に類を見ない質問」が、ありふれた5つの事件の、意外な真実を暴き出す。絶好調の矢樹純が送る、サプライズ満載の法廷ミステリー。

 作家の進化をリアルタイムで目撃するのは、読者の大きな喜びである。一例を挙げれば昨年から今年にかけての矢樹純だ。2020年に短篇集『夫の骨』『妻は忘れない』で大きく注目(『夫の骨』収録の表題作は、第73回日本推理作家協会賞短編部門を受賞)された作者は、21年の『マザー・マーダー』で、趣向を凝らした連作に挑戦。さらに今年の7月には、書き下ろし長篇『残星を抱く』を刊行した。このように見れば明らかなように、新たなチャレンジをしながら、順調に進化しているのだ。

 そして本書である。5つの作品を収録した連作集だ。作者のチャレンジは、ふたつある。ひとつは各話の冒頭が、後の裁判の被告人の視点で始まることだ。

 と書くと、冒頭を犯人の視点にして犯行を描く、倒叙ミステリーだと思われるだろう。実際、第1章「二人分の殺意」は、倒叙ミステリーといっていい。毒母によって幼い頃から妹の面倒をみさせられ、まともな社会生活を送れなかった汐美という女性が、母親を殺す場面から始まる。

 それが終わると場面が変わり、裁判を取材するライターの湯川和花の視点でストーリーが進行する。明々白々な事件と思いながら裁判を傍聴する和花だが、左陪席の裁判官・不知火春希判事の「他に類を見ない質問」により、意外な真実が明らかになっていく。

 各話とも、このパターンを踏襲している。なかでは第3章「燃えさしの花」が、意外性の連続で大いに驚いた。本書のベストだろう。後の被告人視点の冒頭も、多様な活かし方をしている。単なる倒叙物にしなかったところに、意欲的な作者の姿勢を見ることができるのだ。

 さらに、傍聴マニアの二人組の使い方も巧み。第1章では、二人組の会話により、事件の要点を読者に分かりやすく伝えると共に、不知火判事への期待を高めていくのだ。ストレスなく読ませるための技術も、高レベルなのである。また話が進むごとに、和花と二人組が仲良くなっていくのが愉快であった。

 そしてラストの第5章「書けなかった名前」で、和花自身が4年前の事件の関係者として、法廷に立つことになる。裁判の取材を通じて、ライターとして成長してきた和花が、どう不知火判事と向き合うのか。事件の真相を推理し、法廷で披露する和花だが……。ここから先は読んでのお楽しみ。ただ、ミステリーの技巧と作者の進化を、あらためて感じたとだけいっておく。

小説推理
2022年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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