悪を働く人と悪を働かずに済んだ人との境界線描く 危うさを突き付けてくる物語

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金環日蝕

『金環日蝕』

著者
阿部 暁子 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488028787
発売日
2022/10/31
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

詐欺事件の裏側『金環日蝕』 阿部暁子

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

車いすテニスを題材にした「パラ・スター」シリーズの作者・阿部暁子による長編小説『金環日蝕』が刊行した。〈犯罪と私たち〉テーマに描いた実力派作家の渾身の新境地となる本作の読みどころを、ライターの瀧井朝世さんが語る。

 ***

『鎌倉香房メモリーズ』シリーズや車いすテニスを題材にした『パラ・スター〈Side百花〉』『パラ・スター〈Side宝良〉』などで注目されてきた著者が、はじめてデビュー版元以外の出版社から長篇を上梓(じょうし)した。

 大学生の森川春風は家の近所でひったくりを目撃、咄嗟(とっさ)に犯人の男を追いかける。途中で詰襟服の少年の加勢もあったが男は逃走。しかし春風は犯人が落としたストラップに見憶えがあった。彼女が通う大学で開催された写真展で、数十個だけ販売されたオリジナルグッズだったのだ。ひったくり犯を一緒に追いかけた高校生、北原錬も関心を示し、二人は写真部の友人の協力を得、ストラップの購入者たちを訪ねていく。

 無鉄砲だが論理的に物事を考える春風と、輪をかけて論理的でクールな錬のコンビが実に魅力的。二人が学内の購入者を一人ずつ訪ねてストラップを持っているか確認していく過程は、まさに探偵小説の読み心地。だが、第二章で経済的な苦境から詐欺に加担する大学生、理緒の視点に移ると、物語の雰囲気ががらりと変わる。春風たちが遭遇したひったくり事件と、理緒たちによる詐欺事件にどんな関係があるのだろうと想像を膨らませながら読み進めていたら、中盤で度肝を抜かれた。予想もしていなかった事実が明かされるのだ。

 本書に登場する犯罪者はみな複雑な事情を抱えている。苦境から抜け出すため、理不尽さに対する怒りのために悪を働く人々と、悪を働かずに済んだ人々との間に明確な境界線はあるのか。その危うさを突き付けてくる物語。魅力的なキャラクターが多数登場、時にコミカルな場面も挟みつつ、訴えてくるものは大きく、重い。

光文社 小説宝石
2022年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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