『語られざる占領下日本』
書籍情報:openBD
『語られざる占領下日本 公職追放から「保守本流」へ』小宮京著(NHKブックス)
[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)
戦後史の通説見直す
戦後史を紐解(ひもと)くと、教科書に載っているような有名な出来事でも意外によく分かっていないことに気付かされる。根拠の乏しい話が十分に検証されないまま、「伝説」や「神話」として流布されていることも珍しくない。
本書は、戦後史の起点といえるアメリカ占領下で起こった出来事を、人物を軸に再検討したものだ。広島カープの創設者、「バルカン政治家」三木武夫、フリーメーソンに入会した有力者たち、田中角栄の全4章からなる。一見つながりを持たないテーマのようだが、いずれも占領下におけるGHQ内部や日本人の権力闘争という大きな論点に直結している。
たとえば、1948年に起こった山崎首班工作の重要性を本書は指摘する。GHQの民政局が、第二次吉田茂政権の樹立を阻むために民主自由党幹事長の山崎猛を首相に据えようとした事件であるが、この時吉田が山崎首班工作を阻止できるかどうかは紙一重の状況だった。
興味深いのは「田中角栄伝説」を検証した章だ。新人議員だった田中は、山崎首班工作を阻止するために活躍し、吉田に政務次官に抜擢(ばってき)されたという有名な話がある。だが、この話は創作であり、田中に近いジャーナリストの手によって60年代中頃に広められたものだという。将来の首相を目指す田中は、占領時代には吉田とほとんど接点がなかったにもかかわらず、自らが吉田の政治的系譜に連なるというイメージを創出しようとしたのである。
本書の意義は単なる占領秘史の解明に留(とど)まらない。戦後政界で大物になった政治家たちの原点である占領時代に着目することで、「吉田学校」を中心とする戦後政治のナラティブそのものへの見直しを迫っている。専門家でさえも見落としがちな文献や史料を丹念に調査し、事実を丁寧に再構成して通説を修正していく著者の姿勢には脱帽する。戦後史に詳しいと自負する人ほど手に取ってほしい一冊である。