何故、家康は「関ケ原の闇」に飲み込まれたのか?

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尚、赫々【かくかく】たれ 立花宗茂残照

『尚、赫々【かくかく】たれ 立花宗茂残照』

著者
羽鳥 好之 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784152101792
発売日
2022/10/25
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

何故、家康は「関ケ原の闇」に飲み込まれたのか?

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)


徳川家康

 主人公である名将、立花宗茂の老境に入った人生、その輝きのなんと美しいことであろうか。

 本書は本年度に発表された新人の作品の中でも、その宗茂の像のように輝き続ける名作であることを私は信じて疑わない。

 物語は寛永八年、三代将軍家光に伺候した宗茂が関ケ原合戦の真実を語るよう諮問を受けるところから始まる。果して家光の真意は奈辺にあるのか。

 これまでの歴史小説では家光は、余は生まれながらにしての将軍なるぞと自信満々に登場するが、本書では家康、秀忠の二人が苦闘の果てに将軍職を手に入れたのに対し、己れは労せずしてその座に就き、将軍としてふさわしいのか懊悩している。この点がまず新しい。

 今更関ケ原の真実を語れというのは新たな大名取り潰しの意図が隠されてはいまいか―。

 が、宗茂の口から語られたのは意外にも家康を飲み込んでいった「関ケ原の闇」であった。その闇のなんと深いことか。

 そして物語は一転、雪の鎌倉における宗茂と天寿院=千姫との、戦乱の世を潜り抜けてきた者同士の、人と人とのぬくもりを求めるロマンスへと変わっていく。再び言う。そのかそけき美しさに私たちは心を打たれずにはいられない。

 そして後半、「謀書」なるものの登場によって、再び乱されそうになった天下の静謐を守らんがため、宗茂は奔走する。

 作品はこうした三段階の変化を遂げラストのラストで次の事柄を明らかにする。何故、家康は「関ケ原の闇」に飲まれていったのか。宗茂が本当に愛していたのは誰であったのか。

 三たび言う。ここに至ってこの物語はまだ美しくなるのか。この本のページを虚心坦懐に繰らるるがいい。あなたはきっと心穏やかに年末を過ごせるはずだから。

新潮社 週刊新潮
2022年12月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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