内臓や筋肉が性を持つ? オドロキの生物学最前線

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

内臓や筋肉が性を持つ? オドロキの生物学最前線

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 性別のことを語るとき、われわれはつい、オスメスを「対極」として思い描く。ところがどうもそうではないらしい。諸橋憲一郎『オスとは何で、メスとは何か?』は、オスメスを二つのグループに分けるのではなく、虹の色彩のように連続的なものとする見方を紹介する本だ。

 自然界には性別を途中で変える生き物がたくさん存在することは、以前から知られている。しかし性別がグラデーションであるという考え方は、最新の生物学がようやく採用した。

 生殖行動を司るのは脳だから、体の性別を切り替えたときに生殖行動がうまくいくよう、魚類の脳は性が決まっていないそうだ。メスの魚に男性ホルモンを与えると、脳が応答してメスに求愛し始める。ショウジョウバエでは、求愛対象が後天的に変わるのではないが、一つの遺伝子の変異で同性に求愛する。自分の体の性と、繁殖行動の対象を決めるしくみは、われわれが思っているより多様なのである。人間の内臓や筋肉にもそれぞれに「オス寄り」「メス寄り」がある。それならば体の見た目で性別を二分することの意味は薄れてくる。

 こうした基礎研究は、世界を把握するときの解像度を上げる。たとえば政治家が活動方針を決める際に参照すべきは、目先の経済的利益を生む研究よりも、基礎研究が少しずつ作り上げる世界像のはずである。基礎研究に携わる人たちが肩身の狭い思いをせずにすみますように。

新潮社 週刊新潮
2022年12月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク