『流浪地球/老神介護』劉慈欣著(ともにKADOKAWA)
[レビュアー] 小川哲(作家)
「大きなホラ」の魅力満載
SF作家には「大きなホラを吹いて、そのまま突き通す」タイプの作家と、「小さな嘘(うそ)を積み重ねてディテールで勝負する」タイプの作家の二つがある。本書の著者である劉慈欣は前者のタイプだ。著者は「三体星人」による地球侵略を描いた長編『三体』でも知られているが、十一編の短編を二冊にまとめた本書でも「大きなホラ」の醍醐味(だいごみ)を存分に味わうことができる。
表題作の一つにもなっている「流浪地球」は、急速に膨張し始めた太陽に飲み込まれるのを防ぐため、地表に一万二千基のエンジンを取り付けて、地球ごと太陽系から脱出することになった世界の話である。「宇宙船派(宇宙船に乗って地球から脱出する派閥)」と「地球派(地球ごと太陽系から脱出する派閥)」の対立や、地表に出ることができなくなった人類の地下生活の描写、太陽系から脱出するために他の星の引力を利用するアイデアなど、この設定を支えるために、機関銃のように「ホラ話」が飛び出てくる。終盤の唖然(あぜん)とする展開も含め、「ホラ話」で構成された巨大な建造物を眺めているような気分に浸ることができる。
もう一つの表題作「老神介護」は、人類を創造した二十億人の「神」が行き場を失い、地球に舞い戻ってきた世界が舞台の、まったく新しい介護小説である。二十億人の「神」を受け入れるため、すべての家庭に神が派遣され、人類は神々を扶養しなければならなくなる。初めは友好的だった人類も、介護が長引くにつれ疲労し、神々は厄介者と見做(みな)されるようになっていく。気管支炎を患った神の医療費に生活を圧迫された語り手の妻が怒りを露(あら)わにするシーンなど、生々しい介護の実態と「神」という存在が結びつき、思わず笑ってしまう。
ある人物に対する嫌がらせが世界規模に拡大してしまう「呪い5・0」や、「兄文明」による地球占領を描く「扶養人類」、恐竜と蟻(あり)による文明を描く「白亜紀往事」など、笑えるものから開いた口が塞がらなくなるものまで、「大きなホラ」の魅力が詰まった短編集だ。大森望、古市雅子訳。