『信仰の現代中国 心のよりどころを求める人びとの暮らし (原題)THE SOULS OF CHINA』イアン・ジョンソン著(白水社)

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信仰の現代中国

『信仰の現代中国』

著者
イアン・ジョンソン [著]/秋元 由紀 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784560098660
発売日
2022/09/07
価格
3,630円(税込)

書籍情報:openBD

『信仰の現代中国 心のよりどころを求める人びとの暮らし (原題)THE SOULS OF CHINA』イアン・ジョンソン著(白水社)

[レビュアー] 国分良成(国際政治学者・前防衛大学校長)

多様な宗教 儀式に密着

 「習近平(シージンピン)」という固有の名前に飽きた人にとっての癒やしの本である。中国社会は広く、そして深い。著者はその奥行きの凄(すご)さの一端を自らの見聞をもとに深掘りし、陽(ひ)に当てる。メディアを賑(にぎ)わす一面的な中国論の浅薄さを痛感させ、現場に寄り添うピュリツァー賞作家の底力を感じさせるのが本書だ。

 共産主義、毛沢東思想、拝金主義に疲弊した中国の民(老百姓(ラオバイシン))は何を信じたらよいのか。価値や信念なしに人間は生きられるのか。著者は基底社会に脈々と流れる仏教、儒教、キリスト教、道教、民間信仰などの多様な宗教の息吹を見事なタッチと構成力で魅せる。

 本書は暦の中から春節、啓蟄(けいちつ)、清明、芒種(ぼうしゅ)、中秋、冬至、閏年(うるうどし)を取り上げ、それぞれの季節を北京、山西省、成都、しきたり(伝統文化)、実践(著者自身の身体修養)のようにテーマに分け、出会った人々との交流を季節の移り変わりの中で描き出す。

 北京では聖地・妙峰山で死者を祀(まつ)る廟(びょう)を営む倪(ニー)一家との親交、山西では9代続く道教の「陰陽先生」の李(リー)一家での儀式経験、成都ではその後当局に閉鎖され逮捕されるキリスト教秋雨教会の王怡(ワンイー)牧師らとの交流が心情豊かに描かれる。また、禅仏教の大家・南懐瑾(ナンホアイチン)、道教の著名な瞑想術師・王力平(ワンリーピン)などとの出会いと体験にも触れている。

 中国の固い政治体制はこうした宗教の台頭と拡散にどう対処するのか。著者の経験によれば、政府は伝統的な道教、仏教、民俗宗教などに対しては制圧より取り込みの姿勢を見せるが、キリスト教などに対しては外国の影響を警戒し、統制を強めようとする。

 中国における宗教の浸透は人々の信念の危機に由来するが、それは道徳心の目覚めであり、政治権力よりも上に位置する「天」への想(おも)いの現れであると言う。そう語る著者の次の言葉が心に響く。

 「人の恐怖心に頼る政府は、人に道徳心を植え付けることはできない。単に特定の振る舞いを強制することができるだけである」。秋元由紀訳。

読売新聞
2022年12月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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