<東北の本棚>心の擦れ違い 運命左右

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エフィラは泳ぎ出せない

『エフィラは泳ぎ出せない』

著者
五十嵐 大 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488020194
発売日
2022/08/31
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>心の擦れ違い 運命左右

[レビュアー] 河北新報

 塩釜市出身のフリーライターが、初めて手がけた宮城県を舞台にした小説だ。不審死を扱ったミステリーの体裁ではあるが、善意とは何かを根源的に問い、障害者と家族、社会の関わり方、社会にはびこる差別や偏見に対して鋭く問題提起もしている。人心の光と影、心の中に沈めた秘密をあぶり出し、登場人物の思いが複雑に絡んだ悲劇の謎が解き明かされていく。読後感が哀切で深い余韻を残す。

 古里を捨て、東京でフリーライターとして働く小野寺衛は、恋人の妊娠が判明した日、伯母からの電話を受ける。それは古里に住む知的障害がある兄の聡が、自死したという報だった。

 葬儀のため、7年ぶりに古里の港町に戻った衛だったが、家を出た理由には聡の存在が影響していた。幼い頃は兄弟の仲は良かったが、東日本大震災による避難所生活を契機に、聡の行動が周囲の理解を得られず肩身の狭い思いをするようになり、次第に鬱屈(うっくつ)していった。

 そんな心の闇を抱えながらも衛は、父親や伯母、幼なじみらと再会し、聡にまつわる話を聞くことになる。その過程で聡の遺書の存在を知ったものの、自死という死因に違和感を覚え、突き動かされるように真相を探っていく。

 その結末はあまりにも衝撃的だ。最後の1行をどう受け止めるかは、読者に委ねられ、作品に込めたメッセージの深さが心に響いてくる。

 章ごとに視点人物を変えていく手法が奏功し、この作品の内包する多面性を際立たせている。物語の真実を浮かび上がらせるだけでなく、思わぬところでの心の擦れ違いが人の運命を左右することや、一筋縄ではいかない人心を説得力を持って描き出している。

 著者は1983年生まれ。聴覚に障害のある両親の元で育った自身の半生をつづったノンフィクションで注目を集めた。
(沼)
   ◇
 東京創元社03(3268)8231=1980円。

河北新報
2022年12月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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