<書評>『進駐軍を笑わせろ!米軍慰問の演芸史』青木深(しん) 著

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<書評>『進駐軍を笑わせろ!米軍慰問の演芸史』青木深(しん) 著

[レビュアー] 松村洋(音楽評論家)

◆昨日の敵 喜ばせた至芸珍芸

 日本の敗戦直後から一九五〇年代後半まで、全国の米軍施設内にあった米軍専用の社交クラブでは、日本人出演者による慰問ショーが行われた。中心は音楽で、多くのミュージシャンがそこで腕を磨き、江利チエミら歌謡界のスターがそこから育っていったことは、よく知られている。だが、慰問ショーで活躍した芸人たちは、ほぼ忘れられてしまった。多くの文献と関係者への聞き取りをもとにした本書は、米軍人を喜ばせ、驚かせた芸人たちの至芸珍芸を一覧できる貴重な一冊だ。

 初代林家正楽の紙切り、波多野栄一の百面相などをはじめ、松明(たいまつ)四本を投げ回す豊来家宝楽(ほうらいやほうらく)の「松明の乱取り」、頭で倒立して綱の上を滑り降りるヘンリー松岡の「坂綱(さかづな)」など、大喝采を浴びたと思われる芸が次々に登場する。一方、のみ込んだ物や生き物をまた吐き出してみせる「胃袋曲芸」などは、ときに米兵たちを戦慄(せんりつ)させたらしい。

 なんとも愉快なのは、東亭花橘(あずまていかきつ)と玉子家光子の社中による「餅の曲搗(つ)き」だ。杵(きね)で搗いた餅を放り投げ、キャッチして引き伸ばし、縄跳び(餅跳び)をした後、ちぎって丸めて客に配ったという。餅を知らない米国人は、この芸をどう理解したのだろう。

 日米の文化の違い、ショーに絡む人種や性をめぐる問題なども少々語られているが、深く考察されてはいない。日本本土とは異なる戦後を体験した沖縄に触れていないのも残念だ。それでも、本書の芸人たちのパワフルな芸は、多くのことを考えさせる。

 著者は、「昨日の敵」を楽しませることに伴う心理的葛藤を想像しつつ、貧しかった当時は「客が『昨日の敵』であることなどかまってはいられない生活の現実があった」と指摘する。米軍クラブには食べ物が豊富にあり、出演ギャラも破格だった。また、自分の芸で米軍人を感服させたことは、ある種の「勝利」と感じられたかもしれない。

 とにかく米国人を喜ばせて生き延びる。それは、今に至る戦後日本国の姿そのものだった……というのは深読みしすぎだろうか。

(平凡社・4180円)

1975年生まれ。都留文科大教授。『めぐりあうものたちの群像 戦後日本の米軍基地と音楽1945−1958』など。

◆もう1冊

東谷護(とうやまもる)著『進駐軍クラブから歌謡曲へ 戦後日本ポピュラー音楽の黎明期』(みすず書房)

中日新聞 東京新聞
2022年12月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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