30万頭のサルvs警察と自衛隊60万人 人間がサルの軍団に襲われたら勝てない理由とは

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猿と人間

『猿と人間』

著者
増田 俊也 [著]
出版社
宝島社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784299035783
発売日
2022/11/10
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

30万頭のサルvs警察と自衛隊60万人 人間がサルの軍団に襲われたら勝てない理由とは

[文] 新潮社


猿は人間に勝てないって思ってる?

 もし、猿と人間が対峙したら……。そんな未来を描いたのが、SF映画の金字塔『猿の惑星』だ。知能を持った猿に人間が奴隷として支配されている様は、世界中の人間に恐怖を与えた。
 ただ、それはあくまで知能を持った猿が相手だった場合である。今、この日本で人間が猿と対峙して負けると思う人はいないだろう。警察や自衛隊という最新の武器を有する防衛部隊を前に、猿が勝利するとは思えない。

 しかし、この考えを覆すほどの恐ろしさと惨劇が巻き起こる、動物パニック小説『猿と人間』(宝島社)が刊行された。著者の増田俊也さんは、『このミステリーがすごい!』大賞・優秀賞を受賞した『シャトゥーン ヒグマの森』で狂暴化した熊が人間り喰い殺す様を圧倒的なリアリティで描写している。

 本作では、狂暴化した850頭の猿の恐怖を描いている。主人公の高校一年生・加藤英輔は、ジビエレストランを経営する父・誠一郎に連れられ、人里離れた集落に鴨猟にやってきた。離婚して普段は別々に暮らしている父と水入らずの時間を過ごすはずが、静かに異変が忍び寄っていた。
 最初の犠牲者は、集落に訪れていた大学で猿を研究するグループの5人だった。彼らはただ殺されるのではなく、猿の胃袋を満たす「餌食」となる。人間の味を覚えた猿は、やがて英輔たちにも襲い掛かり、目の前で父を喰い殺してしまう。
 生き延びた英輔は、生き残った女子大生と集落に住む老婆と共に、ナイフや斧で猿たちに立ち向かうのだった。

 ニホンザルの身体能力は、同じ体重の人間の3倍はあるという。その身体能力を有した「人喰い猿」集団に襲われる怖ろしさを書き尽くした増田さんは、幼少期に猿による恐怖を体験しているという。実際に経験した猿の恐ろしさとは何か。そして、猿と人間との戦いで、勝利を手にするのは――?

野生のニホンザルが車に飛び付いてきて……

──本作で人間に襲い掛かる動物として、猿を選んだのはなぜでしょうか。

猿の恐ろしさを、身をもって知っているからです。僕は、田舎育ちなんです。名古屋市近郊のベッドタウンに実家があり、そこから程近い犬山市の「桃太郎神社」に、子供の頃、家族と車でよく行きました。この神社に隣接する公園の一角に、野生のニホンザルを放し飼いにした野猿公園があり、70年代の当時は大量の猿がいました。
僕も妹も、猿が怖かったから行きたくなかった。でも、名古屋市内の動物園へ行くより近いので、連れて行かれました。

──猿は何頭くらいいましたか。

100頭とか200頭とか。車に飛び付いてきて、屋根の上で跳ね回って暴れるんです。

──それは怖い。まさに『猿と人間』の世界ですね。どうして暴れるんですか。

食べ物が欲しいんです。車の窓が開いていると隙間から手を入れてきて、髪の毛を引っ張ったりするし、窓を割られる車もあった。今だったら大問題になるでしょうけど、当時は混沌とした時代ですからね。僕と妹は少し窓を開けて恐々と餌をやったりするんだけど、ドラゴンズの帽子をパッと取られたり、両手でジャンパーにしがみ付かれたりするんです。これが凄い力で離れない。「ギャーッ」って牙を剥き出して騒ぐのも怖い。
咬まれてる人もあちこちにいました。泣いてる子供もいたし、血を流してる人もいて……。
ニホンザルは間違いなく猛獣です。

──トラやライオンと較べたらどうでしょう?

サイズが違いますからね。トラは大きい個体なら300kgもあるから、さすがにトラの方が強い。でも、パウンドフォーパウンド(ボクシングなどの格闘技で“同じ体重ならどちらが強いか”を論じる手法)なら、ニホンザルのほうが強いかもしれない。手と足の両方で掴めるしスピードも凄くて、牙も大きい。そして何より頭脳が優れている。

野生の獣と人間では戦闘能力が格段に違う

──もし、映画『猿の惑星』のように猿たちが蜂起して、日本で猿の軍勢と人間が全面戦争になったら、どうなると思いますか。作中でニホンザルは全国で30万頭もいて、自衛隊員や警察官の数もそれぞれ30万人だと述べられていましたよね。

そうです。だから、日本で猿に対峙すると、自衛隊員30万人プラス全警察官30万人の連合軍60万人と、猿30万頭がぶつかることになります。そして、恐らくは猿が勝つでしょうね。
野生の獣と人間とでは、戦闘能力が格段に違います。人間が銃を1発撃ってる間に、猿は一気に数頭で襲い掛かってくるでしょう。それに、猿は屋根にも跳び登るし樹にも登る。上下左右、ジグザグに予測不能な動きをします。そしてゲリラ戦を仕掛けてきます。足も使えるから、手が4本あるようなもの。まるで「阿修羅」ですよ。

数年前、紀州犬が暴れていると110番通報があって警官3人が出動した事件は覚えていますか。
男性警官が3人がかりで拳銃を滅多撃ちしましたが、なかなか犬は倒れなかった。犬を射殺するまでに13発も撃ったんです。それだけ撃たないと、中型犬の飼い犬でさえ倒すことができないのですから、野生のニホンザルを簡単に撃ち殺せるわけがない。

──野生動物とはいえ、銃には敵わないような気がするのですが。

警官が使用する拳銃では、弾が貫通するから効果的とは言えないのです。猟銃のライフル弾のように、先端が相手に当たった瞬間潰れるものだと体内に入ってから内臓をぐちゃぐちゃにするので仕留められます。でも、拳銃のように貫通するとそうはいきません。
自衛隊の小銃も、NATO弾だから貫通してしまうでしょう。野生の獣相手には厄介です。

まあ、現実には猿の軍勢が戦いを仕掛けては来ませんけどね(苦笑)。でも、仕掛けられたら日本は非常にまずいことになる。「専守防衛」なんて悠長なことは言えなくなる。その前提に立って読んでほしいとも思います。

現実社会を正確に描くためには、すべてを回収してはいけない


著者の増田俊也氏

──作中では、主人公の高校1年生の男子、21歳の女子大生、83歳のおばあちゃんの3人が主要人物として猿に対峙しますよね。突然、平和な日常が壊された戸惑いもありながら、危機に直面すると3人とも信じられないような力を出しました。

主人公の男子は、一人では何もできないもどかしさを抱えていましたが、ラストに近づくにつれ内面の強さが見えるようにしました。年齢的に、まだぎりぎり男性になり切っていない高校1年生という、両性を含んでいる存在を登場させたかったんです。女子大生は、東京農大の学生で猿の研究をしていますが、東京農大の学生だからこその格好良さがありました。そして、83歳のおばあちゃんはヒロインの一人です。現実社会にも存在する、若者を守るためには自身を投げうってでも、という老人を物語に登場させたかった。

──様々な伏線回収も見事でした。

僕は『このミス』大賞出身だから、やはり伏線回収をすることは意識しています。ただ、あえて回収しないものも幾つか残しました。

──それが物語の深みやコクになっていますね。

僕は、現実社会を正確にデッサンするためには、すべてを回収してはいけないと思っているんです。読者がまだ物語の中に浸っていたいのに最後のページが終わってしまう、そういった寂しさが物語には必要でしょう。「もっと読みたい」という気分も残さなければならないと思うんです。

──なるほど。読者の「もっと読みたい」に応える続編の構想もあるのでしょうか。

実は、いま準備しています。続編だけでなく、続々編も考えています。「5」くらいまで続くロングシリーズにしたいですね。
(聞き手・細田昌志)

 ***

◆増田俊也(ますだ・としなり)
1965年11月8日、愛知県生まれ。北海道大学に入学後は柔道部に所属して寝技中心の七帝柔道を経験した。4年生の夏に柔道部を引退したあと北大を中退し、89年に北海タイムス社に入社。92年に地元名古屋の中日新聞社に移った。2006年、『シャトゥーン ヒグマの森』(宝島社)で第5回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞。2012年には『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞を受賞。他著に『七帝柔道記』(KADOKAWA)『北海タイムス物語』(新潮社)など。現在は作家の傍ら、名古屋芸術大学芸術学部客員教授。

Book Bang編集部
2022年12月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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