『今を生きる思想 宇沢弘文 新たなる資本主義の道を求めて』
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社会環境の中でこそ市場は機能する
[レビュアー] 田中秀臣(上武大学教授)
コロナ禍やウクライナ戦争による社会環境の激変の中で、「市場は社会に埋め込まれている」と発想した宇沢弘文の貢献は何度も振り返るべき意義を持つ。佐々木実の『宇沢弘文』は、宇沢の経済思想的なルーツであるマルクスや河上肇への傾倒を掘り起こし、また戦時中での反戦・自由主義的な姿勢も鮮明に伝える。宇沢が資本主義経済を不安定なものだと断定したことは、彼の人生を波乱に満ちたものにした。
現在の主流派である新古典派経済学は、資本主義経済は市場を中心に安定的に機能すると前提している。この時、社会環境は基本的に考察の対象外だ。それに対して、社会環境の中でこそ市場は機能すると宇沢は信じた。我々は、市場と社会環境の相互作用の中で、様々な問題を考えていかなくてはいけない。これが宇沢の基本的視座だ。この見解ゆえに、海外で確立した新古典派経済学での権威に宇沢は安住できなかった。ベトナム戦争、水俣病、地球温暖化問題との遭遇の中で、既存の経済学への批判は研ぎ澄まされた。
本書では、ソロー、アローら大御所たちの宇沢への鋭い評価が読める。彼らの評価は、宇沢の現代性と同時に、経済学の世界がいかに宇沢には狭かったかを知らせるものだ。独創的な社会的共通資本や宇沢におけるリベラル思想の位置づけなど、本書では十分に語り尽くせていない点もあるが、これは宇沢と同様に社会に基軸を置いた専門家たちの仕事でもあるだろう。