『真珠の耳飾りの少女』
- 著者
- トレイシー・シュヴァリエ [著]/木下 哲夫 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784560071465
- 発売日
- 2004/03/10
- 価格
- 1,045円(税込)
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史実かと思わせる小説の説得力 耳飾りをめぐる胸打つストーリー
[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
17世紀のオランダを代表する画家フェルメール。黒を背景に異国風のターバンを巻いた愛らしい少女が濡れた唇をやや開けて肩越しにこちらを見つめている。耳には大粒の真珠の耳飾り。名画「真珠の耳飾りの少女」だ。謎めいたこの絵のモデルは誰なのか? 作家トレイシー・シュヴァリエは、少女をフェルメール家の女中という設定にして切なく美しい物語を紡ぎ出した。
16歳のフリートが自宅の台所でスープに入れる野菜を刻んでいる。それぞれの形を整え、調理台に見栄えよく並べていく。この少女の美的感覚を鮮やかに印象付ける小説の冒頭。フェルメール家の使用人となった少女は、家族も入らないアトリエの掃除を任される。絵に登場する部屋の調度品は、掃除後に同じ位置に戻さなくてはならない。ある日、彼女は制作中の絵が整然とし過ぎていると感じる。そして、テーブルクロスの一部をわざと盛り上げて流れと陰影を作り出す。翌朝、訳を聞かれて答えた。「情景が乱れを求めていたからでございます」。実在する「手紙を書く女」という作品は、青いテーブルクロスの手前が変な形に盛り上がっている。史実かと思うほど説得力ある場面だ(映画は「水差しを持つ女」の椅子の位置変更)。主人と使用人の間に生まれる信頼感と類まれな美意識を持つ者同士の秘密めいた連帯感。画家が少女を見つめ、彼女は理解する。「旦那様はわたしをお描きになる」……。
映画はフェルメール作品と同じ色調と陰影のある映像が美しい。少女役はスカーレット・ヨハンソン。原作は、少女の一人称で心の内や見たものが語られるが、映画は台詞がほとんどないので、表情ですべてを表現するヨハンソンの演技が光る。映画は使用人を辞めた少女にあの耳飾りが届けられたところで終わる。原作の最終章はこの経緯とその後が語られる。肉屋に嫁いだ後も画家への想いを断ち切れない少女。画家が大切に思っていたのは自分ではなく、あの絵だったと自らを納得させる。だが、画家が亡くなり、遺言で耳飾りを受け取ることに。その時、彼女は何を思い、何をしたのか。映画が描かなかったこの部分が実は一番切ない。