犯罪者に食らい付く「鮫の物語」は丹念な謎解きを柱にした捜査小説へ

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黒石(ヘイシ)

『黒石(ヘイシ)』

著者
大沢, 在昌, 1956-
出版社
光文社
ISBN
9784334915018
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

犯罪者に食らい付く「鮫の物語」は丹念な謎解きを柱にした捜査小説へ

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 一歩一歩、静かに獲物を追い詰めていく。寡黙な狩人のような迫力こそが大沢在昌の生み出したヒーロー、鮫島警部の本質であることを『黒石 新宿鮫XII』で改めて認識した。

 本書は新宿署生活安全課の鮫島警部を主人公にした〈新宿鮫〉シリーズの十二作目に当たる長編だ。強い正義感ゆえに孤高を貫く鮫島の人物造形に目が行きがちだが、真の魅力は丁寧に紡がれた捜査小説としての構成にある。鮫島が事件解決の手がかりを掴むために、あちこちに出向いては証言を集め真相に近づくという、丹念な謎解きが太い柱として立てられているのだ。シリーズの重大な転換点となった第十作『絆回廊』から特にその傾向は強まっており、『黒石』でも地道な捜査に邁進する鮫島の姿を堪能できる。

 本作で鮫島が追うのは、“黒石”と呼ばれる正体不明の殺し屋である。“黒石”は中国残留孤児の二世・三世で構成された「金石」に所属しており、組織の幹部である“徐福”と呼ばれる人物の命令を受けて他の幹部を殺害するのだという。“徐福”は「金石」の支配を目論んでいるらしいのだが、その素性は謎に包まれていた。鮫島は「金石」の幹部と思しき男が殺害された事件の捜査に乗り出し、“黒石”と“徐福”の正体を突き止めようとする。

 自身を正義の側の人間だと捉え、異様な殺害手口にこだわる“黒石”は個性的な犯罪者が登場するシリーズのなかでも、ひときわ不気味な存在である。そうした掴みどころのない殺人者の実像に、鮫島が足と頭を最大限に使って迫ろうとするのが見所だ。前作より登場した「女性のノンキャリアの星」と呼ばれる阿坂課長や相棒の若手刑事・矢崎たちと議論を交わしながら、仮説を立てて捜査を進めていくのも特徴で、本格謎解きの醍醐味とともに集団捜査小説としての味わいも深まった。犯罪者に食らい付く鮫の物語は強い芯を残しつつ、新たな進化も遂げている。

新潮社 週刊新潮
2022年12月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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