人々の生活に溶け込んで150年 5人の作家が紡ぐ人と鉄道の物語

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鉄道小説

『鉄道小説』

著者
温又柔 [著]/澤村伊智 [著]/滝口悠生 [著]/能町みね子 [著]/乗代雄介 [著]
出版社
交通新聞社
ISBN
9784330064222
発売日
2022/10/06
価格
2,420円(税込)

人々の生活に溶け込んで150年 5人の作家が紡ぐ人と鉄道の物語

[レビュアー] 犬飼新(JR貨物社長)

 本書は5人の気鋭の作家による短編集だ。

▼乗代雄介/犬馬と鎌ケ谷大仏

 大学卒業後もバイト生活のぼく「坂本」は、老犬ペルの散歩を日課にしている。小学校時代に地元・鎌ケ谷市の歴史を調べた模造紙を偶然見つけ、当時を思い出す。一緒に調べて発表した松田さんに抱いていた淡い恋心。その松田さんが同級生と結婚してしまう事を知る。鎌ケ谷大仏と新京成線との関係性にも触れながら、ぼくの日常が描かれる。

▼温又柔/ぼくと母の国々

 薬剤師として働く、台湾人の両親を持つ主人公の「横山」。日本に帰化し、父が他界したあとも日本に住み続けた母が台湾に帰ると言い出した。在日二世の自分と母の故郷への想いの違いを感じる横山。日本語が堪能な祖父母にも、日本での鉄道にまつわる思い出があった。山手線、銀座線、日比谷線がエピソードに顔を出す。

▼澤村伊智/行かなかった遊園地と非心霊写真

 いじめにまつわるホラーの色彩がある物語。一枚の写真に写る阪急電鉄の8000系車両は、走る時にデュオーン、デュオーンという変わった音がした。初期のインバータ制御方式の独特な音のようだ。開発された30年ほど前はこの音が印象的だったようで、当時を思い出させる。

▼滝口悠生/反対方向行き

 慌てていた主人公「なつめ」は、湘南新宿ラインの反対方向に乗ってしまう。祖父との同居生活を思い出しながら、そのまま小田原方面に乗り続けた。叔父、母、元夫、娘などが回想に登場しつつ、列車は進む。そしてなつめは同じく反対方向に乗ってしまった向かい側の席の女性と意気投合し、小田原散策へと……。

▼能町みね子/青森トラム

 青森市内を走る市電「青森トラム」に乗って市内を巡るうち、何度か同じ女性運転士の車両に乗り合わせる主人公。ある日、参加したLGBTQなどのイベントで、トラムの女性運転士・シズカと出会う。多様性を尊重する世の中へと変化していく日本。一方で少し窮屈感を覚える毎日。自由に生きることへの抵抗が少しなくなった気がした。

 今年は鉄道開業150年。そこにレールがあり、毎日決まった時間に列車が走る。列車は特別意識されることもなく、人々の生活に溶け込んでいる。それ故に、思い出や記憶の中にひっそりと収まっているのではないか。5つの物語に織り込まれた鉄道。どんなに世の中が変わろうと鉄道はなくならない、そう信じている。

新潮社 週刊新潮
2022年12月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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