『神の子どもたちはみな踊る』
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火の前で交わされる深い会話
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「焚き火」です
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高3のときに家出し、茨城県の海沿いの町に住みついた順子。コンビニで働きながら、サーファーの啓介と同棲している。コンビニの客である三宅さんという中年男性から夜更けに電話がかかってくると、順子は海岸へ行く。彼の焚き火につきあうために―。
村上春樹の短篇「アイロンのある風景」は、三宅さん、順子、啓介が海岸で焚き火をする話だ。三宅さんの焚き火は、丸太や木ぎれを〈前衛的なオブジェのように〉積み上げるところから始まる。彼が起こした火は、ゆっくりと大きくなり、柔らかく広がっていく。
焚き火の達人ともいえる三宅さんが作り出す火の描写がとにかく美しい。そして、火の前で交わされる(おそらくは火の前でしか交わされることのない)、さりげなくて深い会話。
三宅さんは神戸の出身で、啓介が向こうに家族はいないのか、地震は大丈夫だったのかと訊く。三宅さんは「俺な、あっちとはもう関係ないねん」と答えるが……。
この小説が収録された『神の子どもたちはみな踊る』は、阪神・淡路大震災をテーマにした短篇集。収録作で最も有名なのは「かえるくん、東京を救う」ではないかと思うが、神戸から遠く離れた北関東の浜辺で、もともとは縁もゆかりもない3人が火の前で語り合うだけのこの小説にも、静かな死の気配が漂う。
三宅さんと順子がアイロンや冷蔵庫について語り合う場面を読むと、この世には比喩でしか語れない痛みがあるのだと、しみじみ思う。