『この父ありて 娘たちの歳月』梯久美子著(文芸春秋)

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この父ありて 娘たちの歳月

『この父ありて 娘たちの歳月』

著者
梯 久美子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163916095
発売日
2022/10/25
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

『この父ありて 娘たちの歳月』梯久美子著(文芸春秋)

[レビュアー] 梅内美華子(歌人)

女性9人 父へ敬慕・葛藤

 娘は父に何を見たか。父にとっても娘にとっても気になる普遍的な問いである。「父の人生全体を一歩引いた地点から見渡す『遠い目』も存在する。そこから浮かび上がるのは、あるひとつの時代を生きた、一人の男性としての父親の姿である」、これはあとがきの一文であるが、本書から手渡され読者が感慨深く思うものを簡潔に示している。著者がスポットを当てたのは渡辺和子、齋藤史、島尾ミホ、石垣りん、茨木のり子、田辺聖子、辺見じゅん、萩原葉子、石牟礼道子の9人。戦中戦後の困難な時代を生き、語りつがれる作品を残した女性たちである。彼女たちが敬慕し、葛藤した父の存在とは。

 島尾ミホは夫の不倫という裏切りに精神を病み、父を捨ててきた罰だと自らを苛(さいな)んだ。54歳で書き始めたものは、自分の真実だと見極めた父の愛と故郷奄美の島であった。萩原葉子の父は詩人の朔太郎。両親の離婚、父の実家での冷遇と辛(つら)く寂しい少女時代を送る。父の「犠牲者のままで終わりたくない」との思いで書いたのは父に知ってほしかったもの、父とは異質の文学作品を生んだ。

 著者は作品を丹念に読み込み取材を重ね、本人や関係者から繊細で奥深い言葉を引き出している。修道女として生きた渡辺和子の父は二・二六事件で射殺された軍人。戦後しばらく経(た)って父を殺した叛乱(はんらん)軍側の人と同席した際の気持ちを聞き出す。読みながら思わず姿勢を正してしまうところだ。辺見じゅんの父は角川書店創業者の角川源義。『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』などのノンフィクションの名作は、戦争に人生を左右された父の世代の悲哀と喪失が根底にある。弟の角川春樹からは「本当の意味で父と向き合い、父を発見した」の言を得る。

 父とは寂しい存在だ。それを負いながら娘たちは己の世界を確立していった。娘たちの意志的で苛烈な歩みもまた、この世で唯一の物語だとうなずいた一冊である。

読売新聞
2022年12月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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