アイ・ウェイウェイとの10時間――闘う美術家の来日に同行して

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千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝

『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』

著者
艾未未 [著]/佐々木 紀子 [訳]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784041119631
発売日
2022/12/01
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

アイ・ウェイウェイとの10時間――闘う美術家の来日に同行して

[文] カドブン

■埼玉大学での学生との対話をするアイ・ウェイウェイ

 10月26日、埼玉大学での学生との対話を前に、場を設けた牧陽一先生のご厚意で、再びアイ・ウェイウェイと話をする機会を得た。
 本書は中国語で執筆されたが、中国本土では出版されず、アメリカのペンギン・ランダムハウス社から英語で出版されたものだ。10年がかりの執筆と、英語での出版に伴う困難について、再度尋ねてみた。毎朝2時間かけて執筆をしながら、どうにかして早く書き終わりたいと、強く強く思った、という。
 複雑な中国現代史と原テキストの緻密さを英語で再現するために、アイ・ウェイウェイは、米国の編集チームも翻訳者も変えたという。
「歴史的事実は一つでも、解釈と理解は異なる。中国語で執筆した原稿を英語に翻訳するに当たっては、慎重にならざるを得なかった」。
 その難しさは想像に難くない。中国語で執筆した中国現代史を、英語に置き換えることで失われてしまうディテール。英語から日本語に訳す際の困難も、同様であった。
 現代美術家としては、「アイ・ウェイウェイ」のカタカナ表記が一般的だが、本文中の登場人物は皆、漢字表記である。艾未未の漢字に和音を当てれば、「ガイ・ミミ」である。日本の、ある種の新聞表記は、まだこの音読みを使用している。アーティストとしてのアイ・ウェイウェイを「ガイ・ミミ」と呼ぶ人はいないが、歴史上の人物は皆、中国語のピンイン表記ではなく、日本語の音読みで呼びならわされている。これ一つをとっても複雑だ。
 台湾版出版の際も、英語から繁体字に直すことは不可能だと悟り、原稿を完全に書き直したという。

 これまで1500回のインタビューを受けてきた、というアイ・ウェイウェイ。
 教授室から広い階段講義室へと場を移すと、彼は学生の質問に次々中国語と英語とで応えていった。
「アートは、生活の一様式。私は誰かという自己表現」
「毎日寝る前に、諦めたい気持ちになる。だけど、我慢する。その繰り返しだ」
「人生は難しいが、時折奇跡が訪れる」
「作品を作り終えて何年か経つと、ようやく自分が作ったという意識が沸いてくる」
「私の作品は、私の人生を反映している。私のできることは、真実、自分に忠実であることだ」
「芸術は薬のようなもの。尊重や敬意がなければ、薬は飲んでも意味がないし、世界が正常なら薬は不要だ」
 中には質問は中国語で行い、聴衆のために自分の質問を日本語に訳す学生もいた。人生、創作、政治、未来--。学生の質問は、まぶしいくらいにまっすぐだ。アイ・ウェイウェイは時に比喩を駆使し、禅問答のように応える瞬間もあった。
 創作にも人生にも、規定やルーティンを嫌い、固定化されることを忌避しているように見えた。アイ・ウェイウェイは、「自分の人生は状況の産物に過ぎない。明確な人生の目的はない」と言い切っている。一番手放したくないものは、「自分自身であること、自分に自覚的であること」。

■アイ・ウェイウェイとの10時間

 アイ・ウェイウェイの対談、朝ごはん、取材、記者会見、学生との対話、昼食会に同席し、10時間が過ぎたころ、ふと、今回の来日で仕事以外の日程は確保できたかと、訊ねた。
「いや、ほとんどなかった。京都で東寺を観たのは素晴らしかったけれど、滞在日程が短すぎる。本当に短すぎる……」
 そう呟く間にも、一緒に写真を撮ってほしいと、学生が次々彼の元を訪れる。
 みんながあなたに会いたがっているね、と言うと、アイ・ウェイウェイは小声で叫んだ。
「なんでだ? 15年前は、俺が会いたい、会って下さいと言っても、誰も会ってくれなかったのに!」
 この瞬間、美術家の素が垣間見えた気がした。

 アイ・ウェイウェイが我々に問いかける「人権」という日本語は、いかめしく抽象的で、時に像を結びにくい。人間味、人間らしい暮らし、と言い換えたほうがまだしも、想像が及ぶだろうか。それはこんな風に素で、心おきない会話を、自由にできることを指すのかもしれなかった。
 実はこの前後、ある外国人ジャーナリストから「アジアでこの書籍を出版して、あなたは本当に大丈夫なのか」と、真剣な表情で問いただされた。
 それからしばらく、私は「本当に大丈夫」とは、何を指すのかを考え込んだ。「大丈夫」ではないのだとしたら、いったい何が起こるのだろう。
 そしてふと、気づいた。「本当に大丈夫」かを、常に自問せねばならない状況こそが、恐怖による支配なのだ、と。

次ページ「アイ・ウェイウェイへの11の質問」

■アイ・ウェイウェイへの11の質問

――Q1.思い出や個性を封じられた時代を経て、「忘れたいものを敢えて思い出して書く」というのは、大変な苦労を伴ったと思います。執筆がどのようなものだったかを教えてください。

A1.考古学のように、記憶や歴史を丁寧に掘り起こさなければなりませんでした。私自身のためだけでなく、家族のため、私たちが住む国、そこに住む人々、そして私たちが出来る限りやってきたことの遺産でもあります。

――Q2.父とともに文化大革命で追放された先で、何の物資もない生活の中、オイルランプを手作りしたり、なんの変哲もない枝を磨き上げて杖のように仕立て上げるなど、父子でなんとか物を生み出そうとした逸話が、感動的です。幼いころのこの経験が、のちのクリエイティブのヒントになっているのでしょうか。

A2.はい、そう思います。人はだれでも創造力をもっています。当時は苦しい生活を生きぬかなければならず、限られた資源を効果的に活用しなければなりませんでした。必要性は、しばしば美の感覚をもたらしました。今日の美学教育とは違います。現在の教育システムの中では、学生たちは生きるために苦闘する必要がありません。ただテクニックをマスターしたいだけでは、作品に説得力が出ません。

――Q3.このメモワールでは、父と息子の絆、女性たちのもたらすパワー、芸術を通じ育まれた友情が印象的です。こういった絆が、世界の現実を変えていくことに対して、ポジティブな気持ちはどれくらいありますか?

A3. 個人が必死で生き延びようとする環境で、家族の絆、血縁、友情は、唯一説得力を持つものです。私たちは動物と同じ、生身です。大概人はこのことを忘れていますが、それでは最大の財産を放棄していることと同じです。

――Q4. 都市と田舎、国ごとの体制の違いも非常に重要な読みどころです。アートにおける、土地の果たす役割についてお伺いしたいと思います。

A4.個人財産としての土地は、生き残るための拠り所でした。種まきと収穫への期待、生命の想像力を具体化し、確かな倫理の基礎であり、農業史を通じ、我々が生まれ持つものが土地です。1949年、中国共産党が権力を握ると、彼らはまず個人所有地を国家所有に変え、最も貧しい農民たちを取り込みました。搾取によって、土地の個人所有を廃絶し、何千年かけ形作られてきた道徳も文化も、抹殺されてしまったのです。

――Q5.時代の進化の中で置き去りにされ、犠牲にされる弱者に向けたアートは、人が立ち止まって現実を捉え直すのに、非常に重要な役割を果たしていると思います。ウクライナ侵攻が泥沼化する中、今現在、構想されている新しいアートについて、お伺いできますか?

A5.私には計画はありません。私のアートはたいてい、ある時点で自然に沸いてくるものなのです。

――Q6.現代のアーティストに必要なのは団結でしょうか、それとも個人の闘いでしょうか?

A6.今日のアーティストには、団結も個人の闘いも必要ありません。アートは種子のようなものです。いくつかは発芽するでしょうが、他の種子に合わせて発芽するわけではありません。全ての種が、地に落ちたときに発芽するわけでもありません。つまり団結も個人の闘いも、いずれも意味がありません。

――Q7.「今でも起きた瞬間に怒りを感じることが多い」と聞きました。その中でも、達成や幸福を感じる瞬間は、どのような時でしょうか。

A7.達成感や幸福感は私の闘いの一部です。私は、自分がすることに満足していません。なにか本物を成し遂げたとも思っていません。ただ、この人生を無駄に生きたり、自分ができること、人助けをしないで生きたりすべきではない、と感じています。

――Q8.今後、自分や自分の家族が住む国は、どのような国であってほしいと思われますか?

A8.私は自分のためにどんな国であってほしいかは重要ではないと、何度も証明しています。私は逆境を生きぬくことができます。外国人でもよそ者でも、あるいは自国の罪人であってもそれはかわりません。跡を継ぐ人や一般の若者に伝えたいのは、自分たちの環境を改善することをあきらめないでほしい、ということです。

――Q9.今回の自伝執筆を通し、父・艾青についての理解が変わったと思います。また父という存在が息子にもたらす意味を教えてください。

A9.父の経験は波瀾万丈で、現実味が薄く感じられるでしょうが、これはまったく事実です。彼が経験した栄誉と屈辱、そして賞賛は、父が詩人以外の何者でもないことをあらためて私に教えてくれました。彼は父親として、責任すら果たしていません。それでも彼は、実在する一個の人間なのです。

――Q10.息子さんはとてもチャーミングです。ともに旅することで、アイ・ウェイウェイさんは、自分には封じられた「思い出」を息子さんに残そうとしているのだと思いました。これから一緒に旅をしてみたいところを教えてください。

A10.私はしばしば息子の艾老と旅行をします。一つは、私がいつ消えてなくなるともわからず、二人の時間が短すぎるため。もう一つの理由は、私の世界を息子に共有してもらいたいからです。息子にはまったく関係ないかもしれず、この幼さで私の世界など理解できないかもしれませんが、二人でいる時間が、私がいなくなったあとも彼の人生を助け、自信を与えると感じるからです。

――Q11.コロナ禍での生活はどのようなものだったかお伺いできますか?

A11.コロナ禍で、人類は多くの悲劇を目の当たりにしました。最も悲惨なことはウイルス自体ではなく、むしろ人々の動揺、政府や医療制度、そして私たちの未来に対する不安がもたらしたものでした。この不確実性と孤立の感覚が、私の芸術創作のベースであり源泉です。このパンデミックの中、私は多くの芸術作品を生み出し続けました。

■プロフィール

■艾未未 アイ・ウェイウェイ

1957年、中華人民共和国の北京に生まれた。80年代初期からアメリカ合衆国に住み、93年に北京に戻った。2015年からはヨーロッパ在住。人権と言論の自由を主張するアーティストとして、世界で作品が展示され、ソーシャルメディアでも活躍する。代表的な展覧会は、カッセルの「ドクメンタ12」での『童話』(2007年)、ロンドン、テート・モダンの『ひまわりの種』(2010年)、ベルリン、マルティン・グロピウス・バウでの『Evidence(証拠)』(2014年)、ロンドン、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの『艾未未』展(2015年)、エルサレムのイスラエル博物館での『Maybe, Maybe Not』(2017年)、イスタンブールのサークプ・サバンジュ美術館での『Ai Weiwei on Porcelain(アイ・ウェイウェイと磁器)』(2017年)、ニューヨークでの『Good Fences Make Good Neighbors(よい垣根はよい隣人をつくる)』(2017~2018年)、ブラジル、サンパウロのOCAでの『Raiz(ルーツ)』(2018年)、ロンドン、ピカデリーサーカスでの『CIRCA 20:20』(2020年)など。長編ドキュメンタリー映画に『ヒューマン・フロ ー 大地漂流』(2017年)や『コロネーション』(2020年)などがある。人権財団から創造的反体制に対する「ヴァーツラフ・ハヴェル賞」、アムネスティ・インターナショナルから「良心の大使賞」(2015年)、「高松宮殿下記念世界文化賞」(2022年)など、複数の受賞歴がある。

■艾未未著・佐々木紀子訳『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』

千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝
著者 艾未未訳者 佐々木 紀子
定価: 2,970円(本体2,700円+税)
発売日:2022年12月01日

詩人の父、美術家の息子。運命に翻弄された父子を通して見る中国の百年。
父は詩人だった。中華人民共和国の設立に関わった芸術家だったが、私が十歳の時、文化大革命により父は追放された。家族は屈辱にまみれた極貧生活を余儀なくされた。父の名誉が回復されるには十二年の歳月が必要だった。砂漠地帯から戻り、北京電影学院の学生となった私は、当局との攻防に嫌気がさし、それまで国交を絶っていたアメリカに留学する千載一遇のチャンスを捉え、ニューヨークに移り住んだ。美大に通い自由を満喫した私だったが、北京に戻り活動を始めると、再び公安局員が訪れるようになった。スイスの建築家と北京五輪スタジアム「鳥の巣」を手掛け、ネットで積極的に発信するようになると、公権力の介入は激しくなり、ついに私は投獄されてしまう--。権力の弾圧を受ける詩人の父、美術家の息子。闘う二人の芸術家を通し、激変する中国の現代史を描いた、感動の自伝。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000036/

KADOKAWA カドブン
2022年12月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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