• この父ありて 娘たちの歳月
  • きみの鐘が鳴る
  • ルビーが詰まった脚
  • 哲学の門前
  • ぼけますから、よろしくお願いします。

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中江有里「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 梯久美子『この父ありて娘たちの歳月』は九人の女性作家の父娘関係と父への思いを著したノンフィクション。九歳の時に二・二六事件で父が銃撃されるのを目撃した渡辺和子はのちに修道女となる。夫や子供に仕えず、神に仕える人生を選んだ理由には父の死が無関係ではなかった。

 島尾敏雄の代表作『死の棘』のヒロインのモデルでもある島尾ミホの父・大平文一郎は養父だった。父の愛情を受けて成長したミホは、敏雄との結婚を機に養父母と暮らした加計呂麻島を離れた。やがて夫に裏切られ狂乱の発作を起こしたミホ。島に養父を置き去りにしたことを悔いる。

 娘にとって父は人生で最初に出会う異性である。愛しながら憎む時もある。父の振舞いが娘の人生を変えてしまう。書く女たちは、そんな自身を内側と外側から見つめ、一個人として父を俯瞰した時に父娘関係は刷新されていく。

 尾崎英子『きみの鐘が鳴る』は中学受験に挑む六年生の四人それぞれの日々を追った小説。私の周囲にも中学受験を前にした子らがいるが、彼らとその親たちの内面を覗かせてもらうような気持ちで読んだ。

 受験は塾選びから始まるが、真下つむぎは、わけあってそれまでの大手塾から転塾した。新たな塾で知り合った三人の受験生。父親の管理の下で勉強する涼真。空気が読めずに周囲とぶつかる唯奈。優秀な姉と比べられている伽凛。苛烈な闘いに挑む彼らに塾長は言う。

「これは、君の受験、君の人生です」

 中学受験は親子の連携も重要。しかし受験を第一にして子どもの人生を歪めそうになる親もいる。苦言とも取れる言葉だ。中学受験に向けての日々の学び方、過ごし方、頑張り方……受験を考える児童や保護者の参考にもなりそう。

 ジョーン・エイキン『ルビーが詰まった脚』は奇想天外で不気味な世界が描かれた短篇集。表題作は翼を怪我したフクロウを連れて旅をする若い男が主人公。フクロウの治療のため訪ねた獣医からルビーの詰まった義足と不死鳥、砂時計を託される。命の残り時間をあらわす砂時計に怯え、不死鳥から左脚を狙われる男の運命は? イマジネーションが広がる全十篇。

「門前の小僧習わぬ経を読む」というが、吉川浩満『哲学の門前』は著者の身の上話や印象的なエピソードとともに、そこから気づいた「哲学」が記される。コミュ障、右でも左でもある普通の日本人など、わかるようでうまく説明できない言葉を平易な言葉で解いていく。入門以前の「門前」でゆるゆると哲学を学べる。

 映画としても発表された信友直子『ぼけますから、よろしくお願いします。』。認知症になった母と耳が遠くなった父を綴る娘の視線はどこまでも温かい。娘を想う両親の愛が本作を生んだとも思える。

新潮社 週刊新潮
2023年1月5・12日特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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