• 惑う星
  • プロトコル・オブ・ヒューマニティ
  • 骨灰
  • 方舟
  • 私と言葉たち

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大森望「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 先だって、ふたご座流星群がピークを迎えた夜のこと。仕事場のビルの最上階に上がり、大学生の長男と一緒に小一時間、寒さに震えながら空を見上げた。子供の頃は天体に何の興味も示さなかった息子が流れ星にけっこう興奮しているふうなのが妙におかしかった。そのときなんとなく思い出していたのが、宇宙生物学者の主人公と9歳の息子との関係を描くリチャード・パワーズの最新長編『惑う星』だった。

 語り手のシーオは、地球外生命の研究者。妻を交通事故で亡くしたあと、心に問題を抱える幼い息子ロビンと懸命に向き合い、仕事よりも子育てを優先する。動物を愛してやまないロビンと山に出かける旅行の豊かな自然描写がすばらしい。まるで物語の読み聞かせのように、さまざまな(想像上の)惑星の生態についてシーオが息子に語る場面も随所に挿入され、独特のアクセントになっている。

 やがてシーオは、息子の精神を安定させるため、ロビンに実験的な神経フィードバック訓練を受けさせる。セッションに使われるデータは、生前の妻が被験者として提供したものだった。訓練を重ねるにつれ、ロビンの心は徐々に落ち着き、やがて驚くべき聡明さを発揮。さらには母親しか知らないはずの知識まで披露しはじめる……。シンプルで力強い父子小説だ。

 一方、父子の関係を息子の側から描くのが、長谷敏司の『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』

 時は2050年代。27歳の護堂恒明は新進気鋭のコンテンポラリー・ダンサーだが、バイク事故で右足を切断。カスタムメイドのAI義足を装着し、過酷なリハビリと訓練を経て、少しずつ“ダンサーの自分”をとり戻していく。ロボットと共演する新作舞台も決まり、新たな表現を模索する恒明。しかし、伝説のダンサーだった父の運転する車が事故を起こし、同乗していた母が死亡。父も重傷を負い、さらに認知症を発症したことで、恒明は介護の悲惨な現実に直面する。

 父との果てしない口論、兄との諍い、家事にアルバイト、汚物の処理……。絶望的な状況がおそろしくリアルに描かれる分だけ、クライマックスの舞台が光り輝く。SFの枠を超えて、“人間を人間たらしめるものは何か?”を問いかける。

 冲方丁の渋谷ホラー『骨灰』では、死んだはずの父親が主人公の前に現れる。

 大手デベロッパーに勤務する中堅社員の光弘は、渋谷駅周辺の再開発にまつわる悪質なSNS投稿の真偽を確かめるため、超高層ビルの基礎工事現場に赴く。図面にない階段を降りた地下には謎の穴があり、そこに鎖でつながれた男が……。都市小説と伝奇ホラーを融合させた戦慄の長編だ。

 対する夕木春央『方舟』は山奥の地下建築が舞台。閉じ込められた9人のうち誰か1人を犠牲にしなければ全員が死亡する。期限は1週間―という思い切り特殊な状況を設定したうえで、読者の想像を超えたどんでん返しを鮮やかに決める。2022年の国内ミステリー屈指の話題作。

 最後の一冊、アーシュラ・K・ル=グウィン『私と言葉たち』は、2018年に世を去った巨匠の評論集。エッセイ、講演録、作家論、書評などを集める。真面目な本だが、「純文学について」など、ところどころに交じる毒舌が楽しい。

新潮社 週刊新潮
2023年1月5・12日特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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