「生きていくのに“欠かせないもの”に気づくヒントを、この小説を読んで感じ取っていただければ幸いです」 『わたしのアグアをさがして』刊行記念! 著者 深沢潮インタビュー

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わたしのアグアをさがして

『わたしのアグアをさがして』

著者
深沢 潮 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041132289
発売日
2022/12/21
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「生きていくのに“欠かせないもの”に気づくヒントを、この小説を読んで感じ取っていただければ幸いです」 『わたしのアグアをさがして』刊行記念! 著者 深沢潮インタビュー

[文] カドブン

写真/鈴木慶子

■「わたしはわたしを大事に生きていく」
『わたしのアグアをさがして』深沢 潮インタビュー

SNS時代の「幸せ」のつかみ方を問う『かけらのかたち』など、迷える女性に寄り添う小説を書かれてきた深沢潮さんの最新刊『わたしのアグアをさがして』が2022年12月21日に刊行されました。
その刊行を記念して、深沢さんの執筆の秘訣や込められた思いなどをたっぷりお聞きしました。

「生きていくのに“欠かせないもの”に気づくヒントを、この小説を読んで感じ取...
「生きていくのに“欠かせないもの”に気づくヒントを、この小説を読んで感じ取…

■呪縛からの解放を描きたかった。

――今作『わたしのアグアをさがして』は莉子という一度仕事も恋人も失った女性がスペインにわたり、フラメンコに邁進するストーリーですがどこから着想したのでしょうか。

スペインを舞台にした理由や、物語が生まれたきっかけがあればお教えください。

 きっかけは、フラメンコダンサーの友人の公演を見に行ったことです。その踊りに魅せられました。そして、彼女の生きざまを聞き、小説のヒントをいただきました。初出の連載を書くにあたり、スペインにも取材に行き、フラメンコの本場で感じたこと、陽光がまぶしいスペインという国の雰囲気を味わい、小説の構想が膨らんでいきました。スペインに行ったことで、閉塞された空気から解放される、そして自分自身を見つめる、ということが私自身できたので、呪縛からの解放を描こうと決めました。

――『わたしのアグアをさがして』は莉子というひとりの女性の2010年と2016年を描いたお話ですが、ひとりの女性を2つの時期に分けて書かれた意図や2010年の莉子と2016年の莉子を書くうえで一番変化させたところなどお聞かせいただけますと幸いです。

 莉子という人物は、どこにでもいるかもしれない「無難に生きてきた」女性です。周りの評価、男性のまなざしに左右され、自分の軸が外にありました。結婚願望も強いです。そんな莉子が、フラメンコに打ち込むことにより2010年から6年と年月を経るにつれ変化し、成長し、自分の軸を見つけることができるようになります。
 この年月の変化は、私たちが家父長制の呪いに気づき、女性が自分のしあわせを自分で決めていいということに気づいていくことを、時代の流れとともに感じる過程でもあります。
恋愛や結婚だけが幸せなのか? 多様な価値観で、自分で自分を幸せにすることを見つけていくことを可視化するために、二つの時期に分けました。
 もともと連載時は、対比的な二人の登場人物であったのをひとりの成長に描き替えました。ひとりの女性のなかにも、さまざまな要素があり、変化していくものだということが伝わればと思います。

――価値観の違いを伝えるための構成だったのですね。深沢さんのお話に登場するキャラクターはみんないいところも、悪いところもリアルだなといつも感じます。モデルがいたりするのでしょうか。深沢さんの人物造形の秘訣が知りたいです。

 私の小説の登場人物には、実際のモデルがあることが多いですが、まったくそのままのキャラクターというよりは、何人かのなかにある要素を集めてひとりの人物のエピソードに表す、という形が多いです。また、キャラクターの大枠を決めたら、履歴書をつくり、細かく人物像をつくりあげていきます。その過程では、これまで出会ったひとびとの特徴などを思い出してキャラクターを決めていきます。ふだん、カフェなどにいても、電車の中でも、つねに人を観察しているので、そんななかで見かけた人や聞こえてくる会話をメモしたものが自分の頭の中の引き出し……実際にはノートに、たくさん詰まっているのでそこから抜き出すことも多いです。

■恋愛成就を幸せのひな型にしたくない。

――悩んでいた莉子が最後に踊りながら答えを見つけるシーンが元気をもらえて私は大好きです。ご執筆の中でこのシーンはこだわったという箇所、楽しかったシーンなどはありますか?

 やはり、スペインのマドリッドやトレド、セビージャの光景を描くのは楽しかったです。そして、スペイン料理がたくさん出てきます。カフェやバルでのシーンも含めて飲んだり食べたりする描写は、わくわくしました。食べることは生きることでもある、ということを感じるシーンでは、ネギにかぶりつく莉子を描くとき、その生命力や前向きな想いを伝えたくて、こだわって書きました。
 それから、莉子がピカソのゲルニカを観て、「踊りたい」と思うにいたるシーンにもこだわりました。ピカソが絵画にこめた感情を莉子が自分の解釈でくみとる、ということを描きたかったのです。
 踊りの描写は、多くのフラメンコダンサーの方々のご協力を得て、また、自分自身がフラメンコの踊りを体験して、身体的な言葉となるように、言葉を尽くしました。フラメンコの出てくるシーンは、躍動感や音楽のような流れを感じてほしいです。

――深沢さんご自身もフラメンコに挑戦されたんですね。私はトミコに、かっこいい生き方をしてきた女性の凄みのようなものを感じました。お話の中で深沢さんのお気に入りの人物やシーン、セリフはありますか。

 私のお気に入りの人物も、トミコです。人生の酸いも甘いも経験し、自分の生き方に誇りを持って生きてきた女性で、素敵です。恋愛に夢中になるのも、踊りに邁進するのも、どんな生き方も肯定し、いつでもどこでもなにかを始めてもいい、という考え方が大好きです。
 セリフで好きなのは、先ほど、こだわって書いたシーンでもあると述べたネギ(カルソッツ)を食べるエピソードの中で、莉子が自分に向って「私は生きている。だから、食べて、飲んで、愛して、フラメンコを踊る」と心の中で叫んだ言葉です。

――逆に書きづらかった、というシーンがあれば教えて下さい。

 スペインには約10日間行き、マドリッドのアモール・デ・ディオスというフラメンコのクルシージョ(短期クラス)を提供しているスタジオを見学して、クラスの様子を描きましたが、
 一番難しかったのは、踊りのクラスのシーンですね。
単調にならないように、踊りのことが詳しくわからなくても伝わるように、と心がけたつもりです。

――クラスのシーンも先生によって個性があり、面白かったです。

本作は連載時から書籍化するまでに度々改稿を加えられたと聞いています。改稿をされる中で莉子やその他の登場人物たちに対する思いや描き方で大きく変化したことなどはありますか?

 一番大きく変化したのは、莉子という人物の、恋愛へのスタンスです。それは、私自身が、このところ、恋愛至上主義にうんざりしてしまっているということもあります。恋愛や結婚を否定するわけでは決してないのですが、恋愛成就を幸せのひな型にしたくない、という思いがありました。もちろん、恋愛や結婚で幸福になる人はいるでしょう。けれども、それ以外のことで感じる幸せと比較するべきではないし、人の幸福を自分や世間の価値観でジャッジするべきではない、人それぞれ幸福の形は違うのだ、ということを強く意識して書いています。
 それから、今現在でも女性たちが社会からまなざされる、押し付けられる「こうあるべき姿」を打ち砕きたい、という思いがありました。
 ほかの人と比べるのではなく、自分自身が選択していく、そこに内面化した社会の価値観がたとえあったとしても、葛藤して、抗ったり、距離を置いたりできるような、そして、個性的な生き方、ささやかでも自分なりにまわりに流されない生き方、マジョリティに寄せない生き方を優しく見守ってもらえる社会になるようにとの祈りをこめています。

■ほんのちょっと心持ちを変えて、軸を自分自身に置いてみれば、大事なものに気づくことができるかも。

――今回の『わたしのアグアをさがして』という物語は、現代を生きる女性の悩みや生きづらさに寄り添い、そっと後押しをする物語だと思いました。

前半の莉子はかなりがんじがらめになっている印象ですが、深沢さんは莉子の生きづらさの原因は何だとお考えですか。

 社会のなかの、「普通はこうあるべき」というもの、親からの「無難な生き方をしてほしい」というプレッシャーが、莉子を生きづらくしていると思います。そして、恋愛、結婚、というものに憧憬を描きすぎていること、幸せの軸を、男性に認めてもらうことに重く置いていることではないでしょうか。さらに、東日本震災後から今に至るまでの社会の閉塞感が、より安全に生きることを若い女性たちに強いている。その、安全、には、主体的な生き方とは遠く、失敗がない、ほかの人と違わずに、という価値観がつらぬかれています。軸が常に他人や社会であって、自分自身のところにはないから、しんどいのです。疲れるのです。

――本作の主人公の莉子のように、深沢さんはこれまでも「生きづらさを抱える人たち」を鋭い視点で描かれてきました。大きな悲劇があるわけではないからこそ、なかなか劇的な物語の主人公になりづらい「生きづらさを抱える人たち」はリアルに大勢存在していると思います。そういった方々に焦点を当てた物語を書いていらっしゃる理由は何かあるのでしょうか。

 私自身が、かなり長いこと、「生きづらさ」にさいなまれてきたと思います。その大きな要因としては、「女性として」「母として」こうあるべきという呪縛がありました。それだけでなく、いくつになっても、どんな立場、属性でも、「らしさ」が求められる環境でした。
 学校、会社などの組織に属すれば、同調圧力にさらされ、恋愛すれば恋人として、結婚すれば妻として母として、など。
 そういった窮屈さから解放されることを誰よりも望んできたからこそ、抑圧されていたり、生きづらさを抱えたりしている人たちを描きたいのだと思います。

――「アグア」という言葉はこの物語の中では絶対に譲れない大切なものというような意味で登場しますが、深沢さんにとっての「アグア」とはなんでしょうか。

 私にとってのアグアは、小説を書くことです。私は小説に出会い、書くことによって、自分を解放することができました。軸になるものを見つけることができたのです。大切なもの、アグア、があれば、生きづらさからほんの少し自由になれます。

――最後に読者の方に向けてメッセージをお願いします。

 あなたにとって、アグアはなんでしょうか。
 たとえばそれは、アイドルを推すことだったり、美味しいものを食べることだったり、でしょうか。もちろん、恋愛がアグアの人もいるでしょう。自分にとって大切なものは特にない、という人もいるかもしれません。探しているけれど、なかなか見つからないかもしれません。
 でも、もしかしたら、アグアに気づいていないだけ、かもしれません。
 べきである、からひととき、解放されてみてください。実際は難しいかもしれませんが、ほんのちょっと心持ちを変えて、軸を自分自身に置いてみてください。そうすれば、呼吸が楽になって、大事なものに気づくかもしれません。
  アグアは、ちょっとしたこと、大きなチャレンジ、なんでもありです。ただ、就職活動のアピールとしてよく言われる「学生時代に頑張ったこと、夢中になったこと」とはまったく異なります。そのような、外に向けて自分のスペックとして持つ経験ではなく、自分を豊かにするものです。とても個人的なものです。
 どんなときに何を始めてもいい。
 そしてアグアがあれば、自分で自分を幸せにすることができる。
 生きていくのに欠かせないもの、アグア(水)に気づくヒントを、この小説を読んで、莉子の人生から感じ取っていただければ幸いです。

「生きていくのに“欠かせないもの”に気づくヒントを、この小説を読んで感じ取...
「生きていくのに“欠かせないもの”に気づくヒントを、この小説を読んで感じ取…

■著者プロフィール

深沢 潮(ふかざわ うしお)
東京都生まれ。2012年「金江のおばさん」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。受賞作を含む『ハンサラン 愛する人びと』(文庫版『縁を結うひと』)でデビュー。自らのルーツである在日コリアンの問題に向き合い、『ひとかどの父へ』『緑と赤』『海を抱いて月に眠る』『翡翠色の海へうたう』などの著作がある。母乳信仰を描いた『乳房のくにで』も話題に。

KADOKAWA カドブン
2022年12月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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